効率的な学習ができる人とできない人の脳神経学的な2つの違い

効率的な学習のための有意義なテクニックは多々あります。しかし、そうしたテクニックを活用する以前に、何事においても現在の自分のレベルを正しく認識し、そこから現状の課題を知り、その改善のために粘り強く取り組むという姿勢が必要です。

学習テクニックは、その姿勢があって初めて最大限の効果を発揮します。

つまり、効率的に学習し成長するには、まず見たくない現実に目を向けること、そして、現実に押しつぶされずに可能性を考え、現状を打開するための方法を模索し続けることが欠かせないのです。

この地点において、まず、できないという現実を受け入れられない人もいます。そして、打開する方法を模索するよりも「できない理由」を見つけ、それをやらない理由に転換してしまう人もいます。

それでは、現実に目を向けられる人と向けられない人、現実を打開するために新たな学びを求める人と求めない人とでは何が違うのでしょうか。

様々な研究によって、そうした時の認知の仕方や行動の仕方は、実際の能力だけではなく、困難な状況における信念やゴール選好の違いによっても大きく左右されることがわかっています(※1)。そして、そうした信念やゴール選好が、困難な状況における達成に影響する心理学的なメカニズムが「知能観」です(※2)

そこで、本稿では、この信念(知能観)が、学習における重要なサイクルである、「現実を直視すること」と、「打開策を模索すること」にとって、どう関係があるのかを脳神経学的な視点から見ていきたいと思います。

目次

はじめに. 効率的に学習できる人の脳神経学的な2つの違い

本項の内容の根拠は、コロンビア大学の心理学者らの研究、『なぜ知性に対する信念が学習の成功に影響するのか?社会認知科学モデル』です。

本稿では、最初に本章で、結論である効率的な学習ができる人とできない人の2つの違いから説明します。そして、その後に、当研究の詳細について解説します。そのため本章だけで当研究の重要なエッセンスは吸収することができます。実験の詳細については、ご興味ある場合のみ、お読みいただければと思います。

なお、理解を助けるために、最初に以下の用語に関して簡潔に触れておきます。

  • 前頭葉:脳の部位の一つで、主に現在の行動から生じうる未来の結果の予測や、行動の選択、情動と記憶(長期記憶)の関連付けを行う。
  • P3脳波:期待に反するネガティブな情報を受け取った時に、顕著に反応する脳波。期待した結果と現実の結果が乖離していた場合に、その波形の振れ幅が最大になる。
  • 暗黙の知能観:能力は生産的な努力と訓練によって無限に伸ばすことができるという信念。この信念がラーニング・ゴール(何事においても成長を最大の目標とする姿勢)を生み、ラーニング・ゴールが適応行動を生む。
  • 固定的知能観:能力は持って生まれた時から決まっており、それを変えるためにできることはほとんどないという信念。この信念がパフォーマンス・ゴール(何事においても自分が他者より優秀でることを示すことを最大の目標とする姿勢)を生み、パフォーマンス・ゴールが非適応行動を生む。

前頭葉とP3脳波に関する詳しい説明は、続く章の「1. 脳の構造と機能、脳波についての事前知識」をご覧ください。暗黙の知能観と固定的知能観については、以下の3つの記事をご覧いただくと、理解して頂くことができます。

それでは、前置きが長くなりましたが、ここから見ていきましょう。

0.1. 固定的知能観の人の脳はネガティブな情報に強く反応する

まず、「人間の能力は生まれ持ったものであり、それを変えるためにできることはない」と信じる固定的知能観の人の脳は、「人間の能力は生産的な努力と訓練によってどこまでも伸ばすことができる」と信じる暗黙の知能観の人の脳に比べて、ネガティブな情報に対して、非適応的な方向に強く反応します。下図をご覧ください。

図1. 知能観の違いに見られる、ネガティブフィードバック(間違っていたことを示す情報)に対するP3脳波の違いの測定結果。(A)それぞれのネガティブ・フィードバックに対する総平均波形。(b)知能観の違いによる脳波の活性度の違い(固定 – 暗黙)を示す頭部の図。

A)のグラフは、それぞれの知能観ごとの、ネガティブ・フィードバックに対するP3脳波の違いです。

ネガティブ・フィードバックとは、ここでは、事前に受けたテストの問題の回答が間違っていたことを伝える情報のことです。この実験では、(a)もともと回答に自信があったのに間違えていた場合、(b)もともと回答に自信がなく、かつ実際に間違えていた場合の2種類に分けて、それぞれ、暗黙の知能観グループと固定的知能観グループで個別に脳波を測定しています。

結果、自らの間違いを伝えるネガティブ・フィードバック情報に対して、固定的知能観グループの方が、暗黙の知能観グループよりも顕著に大きく反応していることがわかりました。

次にB)の図をご覧ください。簡潔に解説すると、これはネガティブ・フィードバックに対する固定的知能観グループの脳の反応から、それに対する暗黙の知能観グループの脳の反応を引き算したものです。赤味が濃いほど、差異が大きいことを示します。

ご覧のように、固定的知能観グループの方が、暗黙の知能観グループより、前頭葉の前部から左側部にかけて、ネガティブ・フィードバックに対するP3脳波の反応が活発になっています。これがどういうことか解説します。

まず、前頭葉は情動と関連づけられた長期記憶の保持において重要な役割を担っています。平たく言うと、何らかの出来事により発生した感情と、その出来事を関連づけて記憶する部位です。

次に、固定的知能観をもつ人間は、何事においても自分が他者より優れていることを示すこと、つまりパフォーマンス・ゴールになる傾向が顕著であることがわかっています。そして、パフォーマンス・ゴールの人間は、失敗や挫折は、自分が無能であることを示す脅威であると捉える傾向があります。

つまり、固定的知能観グループの脳がネガティブ・フィードバックに強く反応しているということは、自分が無能であることを示す脅威に対して、強いネガティブな感情を覚えているということです。そして、そのネガティブな感情は、それをもたらした出来事とともに長期記憶として根強く残ります。

長期記憶の一つにエピソード記憶というものがあります。エピソード記憶とは、簡潔に言うと、経験した出来事の内容と、その出来事が起きた時の自分の心理的状態に関する記憶です。

既に述べた通り、固定的知能観の人にとって、ネガティブ・フィードバックは脅威です。そのため、一度、こうした挫折や失敗から来るネガティブな感情を経験すると、彼らのエピソード記憶は、もう一度同じような状況になったら、その失敗の可能性を排除しよう(=成長を犠牲にして、失敗する可能性のあるチャレンジから逃げる)というように、脳を方向づけます。

一方で、暗黙の知能観の人は、ネガティブ・フィードバックに対して、固定的知能観グループの人ほど強い脳反応は見せません。脳が、失敗そのものに対して強く反応していないということです。

つまり、暗黙の知能観の人は失敗や挫折に対して、固定的知能観の人ほど強いネガティブな感情を覚えないため、それがネガティブなエピソード記憶として記憶されることはなく、そのために、新たに失敗の可能性があるチャレンジに直面したとしても、それを自己への脅威とはみなさずに成長のために挑戦することができます。

0.2. 暗黙の知能観の人の脳は間違いを正す学習情報に強く反応する

次に、暗黙の知能観の人の脳は、固定的知能観の人の脳と比べて、一度間違えた問題を正す情報を、より強く記憶しようとしていることがわかりました。

この分析においては、「Dm ‘Difference due to memory’ 効果」というものを測定しています。「Dm効果」とは、学習の間に覚えたもので、その後にも思い出すことが可能だったものと、その後忘れてしまったものとの間の、脳の神経活動の違いを表すものです。

簡潔に言うと、脳が学習情報を受け取ってから、どれぐらいの期間(ミリセカンド[1,000分の1秒]単位)、脳が活動しているかの違いです。この実験においては、脳の前頭葉の左側頭部の4地点の脳波が測定されています。

下図をご覧ください。

図2. 学習関連フィードバックに対するERP(事象関連電位)。

この図は、失敗を改善することができる学習情報に対して、暗黙の知能観の人の脳の方が、固定的知能観の人の脳よりも、顕著に反応していることを示しています。簡潔に言うと、脳が学習情報を受け取った時に、負の方向の電位の振れ幅が大きく、それが持続しているほど、その情報を強く記憶していると理解してください。

250-500msあたりを見ると左側部の負の電位の振れ幅は、暗黙の知能観グループの方が顕著に大きいことがわかります。そして、全体的に、暗黙の知能観グループの方が負の電位の持続時間が長いことが見て取れます。

これらは、暗黙の知能観グループの脳の方が、一度犯した間違い(=失敗や挫折)を正すことができる情報を、強く記憶しようとしていることを表します。

この実験では、両グループに、一度間違えた問題を再度行ってもらっているのですが、実際に、暗黙の知能観グループの方が、顕著に高い成績を得ることができています。

知能観とは(暗黙の知能観と固定的知能観)』で解説しているように、数々の実験から、暗黙の知能観の人は、新しい学習の機会を追い求める姿勢をもつラーニング・ゴールになる顕著な傾向があることがわかっています。一方で、固定的知能観の人はパフォーマンス・ゴールになる顕著な傾向があります。パフォーマンス・ゴールの人は、自らの成長を犠牲にすることになるとしても、自分が他者より優秀であることを示せる機会を追い求めます。

そのために、ラーニング・ゴールの人の方が長期的な成功を手にする傾向があり、パフォーマンス・ゴールの人は、たとえ成功したとしても長続きしない傾向があります。

この実験結果は、まさに、そのラーニング・ゴールの人とパフォーマンス・ゴールの学習機会に対するアプローチの違いを、脳神経学的に示していると言えます。

0.3. まとめ

本稿の冒頭で、効率の良い学習のためには、次の2つの能力が不可欠であることを述べました。

  • 現状を直視する能力
  • 現状を打開する方法を模索する能力

まず、現状を直視する能力について振り返りましょう。

暗黙の知能観の人の脳と、固定的知能観の人の脳は、現状の誤りを伝える情報に対する反応が全く異なります。暗黙の知能観の人の脳は、そのような現実を伝える情報を、特に抵抗なく受け入れることができます。しかし、挫折や失敗を自分の能力が優れていないことの露呈と考える固定的知能観の人の脳は、そのような現実を伝える情報に過剰になり、ネガティブに反応します。

このことから、脳神経学的観点から、固定的知能観の人は現実を受け止めることが困難であると言えます。

次に、現状を打開する方法を模索する能力について振り返りましょう。現状を打開する能力とは、現実を直視した上で、その改善のために必要なものごとを学習する能力のことです。この点において、暗黙の知能観の人の脳は、間違いを正す情報に対して、固定的知能観の人の脳よりも、顕著に反応しました。

具体的には、記憶力に関するDm効果を示唆する指標である、前頭葉左側部における負の方向の電位の大きさと持続時間が、暗黙の知能観グループの方が顕著だったのです。

このことから、暗黙の知能観の人は、現状を打開するために学習できるという点において、固定的知能観の人よりも、脳神経学的にアドバンテージがあると言えます。

つまり、脳神経学的にも効率的な学習には、固定的知能観よりも暗黙の知能観の方が有用であると結論づけることができます。なお、PDCAサイクルのACTION(実行)の段階では、それをやり遂げる粘り強さが必要です。またPDCAサイクルに取り組む上では、そもそもモチベーションが必要です。

これらの粘り強さやモチベーションの点においても、暗黙の知能観は固定的知能観よりアドバンテージがあることがわかっています。それらについては、以下の記事でも確認していただければと思います。

本稿の結論は以上です。以降は当研究の詳細について解説します。そのため、これ以降はご興味があればご覧頂ければと思います。

1.  脳の構造と機能、脳波についての事前知識

最初に、当研究の理解のための最低限の脳の知識を解説しておきます。

1.1. 前頭葉の役割

神経認知学モデルによると、脳が受け取った情報を、どのような情動や行動としてアウトプットするのかの処理は、脳の前頭葉(Figure1)の前部外側から、頭頂部にかけて活発に行われていることがわかっています(※3,4)

Figure1. 前頭葉(脳を外側から見た図)

前頭葉は、実行機能 (executive function) と呼ばれる能力を持ち、

  • 現在の行動によって生じる未来における結果の認知
  • より良い行動の選択
  • 情動と記憶の関連付け(長期記憶)

などを行います。つまり、受け取った情報をもとに、自らのゴール選好(ラーニングゴール/パフォーマンスゴール)に合致した行動をとるように調整しているのが前頭葉です。

そして、脳科学者や心理学者らの研究によると、この領域における脳の反応は、「ゴール選好と対立する情報」を受け取ったときにもっとも顕著になることがわかっています。

「ゴール選好と対立する情報」とは、例えば、自らの優秀さを示すことをゴールとするパフォーマンス・ゴールの人にとっては失敗や挫折のことです。彼らにとって、失敗や挫折は「他人と比べて自分が優秀なことを示す」というゴールと対立しているからです。

つまり、脳のこれらの領域は、自らの信念(ゴール)と対立する情報をなんとか処理しようとして、適応的なものであれ非適応的なものであれ(適応行動と非適応行動)、情動や行動をアウトプットしようとする時に、もっとも活発化するということです。

1.2. 前帯状皮質(ACC)の役割

ゴール選好と対立する情報を受信する役割は、脳の前帯状皮質(Figure2)の領域が担っています(※5,6)

Figure2. 前帯状皮質(脳の断面図)

脳が、ゴール選好と対立する情報を受け取った時、この前帯状皮質と前頭頭頂の領域が相互作用して活発になります(※7,8,9)

つまり、前帯状皮質が受け取った情報は、前頭葉の前部外側から頭頂部までの領域で処理されるということです。具体的には、前帯状皮質が受け取った情報をもとに、前頭葉の該当領域がどのような情動や行動としてアウトプットするかを決める、ということです。

この脳活動のパターンを見ることにより、自己信念(知能観)がどのように、学業やスポーツの成績や仕事の業績の成功に影響するのかを観察することができます。

1.3. P3脳波

ゴール選好と対立する情報を受け取った時、暗黙の知能観の人と固定的知能観の人では、前頭葉のP3脳波に大きな違いが現れます。

P3脳波は、期待した結果と現実の結果が乖離していた場合に、その波形の振れ幅が最大になることがわかっています(※10)

例えば、ラーニング・ゴールの人にとっても、パフォーマンス・ゴールの人にとっても、学業や仕事において良い成績や業績をあげるというのは、共通して重要な目標です。そして、力を尽くしたにも関わらず、思ったような成果を得られない時は、往々にしてあります。そのような、「力を尽くしたにも関わらず期待していた成果をあげられなかった」というのは、どちらのゴールの人にとっても、「ゴール選好と対立する情報」です。

そのような、期待と結果のミスマッチが起きた時に敏感に反応するのがP3脳波です。このため、当研究ではP3脳波を主な指標として扱います。

1.4. FRN(フィードバック関連電位)

P3と似たものに、FRN(フィードバック関連性電位)があります。

P3は期待と結果のミスマッチで活発になりますが、FRNもそれと似ていて期待報酬と実際報酬の間でミスマッチが起きた時に活発になります (※11)

詳細に入り込みすぎると何万文字にもなってしまいますので、違いを簡潔に述べると、P3は意識下の反応であり、FRNは無意識下の反応です。証拠として、2つの異なる実験によって、FRNは、被験者の信念の違いから来る反応においては、P3ほど敏感ではないことがわかっています (※12,13)

当研究は第一義的に、知能観の違いによる脳内のプロセスの違いを観察することです。そのためP3をメイン、FRNを補助として分析しています。

2. 実験の詳細

次に実験の詳細について解説します。

2.1. 参加者の選定方法とデモグラフィック

当実験の参加者は、脳波の研究の参加に同意しているコロンビアの学部生のデータベースに登録されている535名の学生から選ばれています。選定において、事前に行われている知能観に関する6ポイントスケールの4つの質問の平均スコアを用いています。

当実験は、信念(知能観)の違いによる、脳科学的な反応の違いを見ることが目的なので、固定的知能観の人と暗黙の知能観の人を選ぶ必要があります。

そこで、知能観スコアが3以下(固定的知能感)と4以上(暗黙の知能観)の学生のみ選んでいます。最終的に22名の固定的知能観の学生、25名の暗黙の知能観の学生となっています(Table1)。

Table1. 被験者のデモグラフィックデータ

Table1で見られるように、固定的知能観グループも暗黙の知能観グループも、知能観スコアとゴール選好以外に差はほとんどありません。

念のため解説しておくと、BDI-Ⅱは抑うつ性、STAIは不安感のテストです。ゴールの項目のアウトカムは、結果を重要と考えるかどうかの指標です。つまり、知能観やゴール選好に関わらず、どちらのグループも結果を出すことは重要だと考えているということです。

2.2. 実験の手順

当実験では、被験者たちは、ERP(事象関連電位)の測定装置をつけた上でテストをうけます。

最初のテストで、生徒たちはオンラインで476問の一般知識テストを受けます。一般知識テストは、文学やアート、音楽の歴史、世界とアメリカの歴史、宗教、地理、数学、自然科学などの知識を問うものです(例:「オーストラリアの首都はどこ?」)。

答えは全て3文字から8文字の単語で回答できるものになっています。固定的知能観グループも暗黙の知能観グループも、同じレベルの困難さを感じられるように、テストは、バターフィールドらの滴定アルゴリズムを使って、全体的に40%程度の正答率になるようにデザインされています(※10)

それぞれの質問に対して、生徒たちは回答をタイプするか、分からない場合は’xxx’とタイプします。そして、わからなかった問題を除く全ての回答について、回答にどれぐらい自信があるかを、1(もちろん間違えている)から7(もちろん正解している)の7ポイントスケールで答えます。

次に、PCのスクリーンが2秒間ブランクになった後に成績関連フィードバックが始まります。まず画面の真ん中にクロスヘア(画像)が2.5秒間表示された後に、明るい緑色のアスタリスク(正解を示すポジティブフィードバック)か、暗い赤色のアスタリスク(不正解を示すネガティブフィードバック)が1秒間表示されます。そして、また2.5秒間クロスヘアが表示された後に学習関連フィードバックが始まります。具体的には、正解か不正解かに関わらず、正しい答えが2秒間表示されます。

その後、脳波測定装置が取り外されます。8分後、生徒たちはまたコンピューターの前に座らされ、サプライズで再度テストを受けさせられます。しかし、今回は間違えた問題だけが表示されます。

3. 結果

それでは結果を見ていきましょう。

3.1. テスト結果

最初のテストの結果は、固定的知能観グループも、暗黙の知能観グループも、ほぼ違いはありませんでした(固定的知能観:平均=40.8%、標準誤差=0.01;暗黙の知能観:平均=41.5%、標準誤差=0.01)。

しかし、再テストの結果は、暗黙の知能観グループの方が、全てにおいて顕著に良い成績となりました(Figure3)。

Figure3. 知能観(暗黙 vs. 固定)の違いによる、一度間違えた問題の再テストで正しく回答できた割合(1回目のテストで無回答だったもの、自信がなかったもの、自信があったもの)。エラーバーは、標準誤差を表す。

両グループの生徒たちは、再テストで間違えた問題のほとんどに正解することができました。しかし、暗黙の知能観のグループは、全体的に固定的知能観のグループよりも顕著に多くの問題に正解することができました(F(1, 44) = 4.1, P < 0.05)。

さらに、回答への自信の影響も顕著に見られました(F(1.4, 60.3) = 50.1, P < 0.0001)。具体的には、正しく回答できた自信があった問題の方が、自信がなかった問題よりも、成績改善がより顕著に見られました。なお、この点においては、知能観による違いは見られません(P=0.8)。

3.2. 脳波の測定結果

3.2.1. ネガティブフィードバックに対する反応の違い

まず、知能観の違いは、失敗に直面した時(=ゴール選好と対立する情報を受け取った時)に最大になると考えられることから、脳波(ERP)の測定において、ネガティブフィードバックに対する前頭葉(FCz, Fz)のP3波形を分析しています(Figure4)。

Figure4. ERP(関連事象電位)測定における電極の位置

Figure5 がその結果です。

Figure5. ネガティブ・フィードバックとポジティブ・フィードバックに対するERP(事象関連電位)。(A)脳のFCzの箇所(期待の影響が最大に現れる箇所)で見られる、自分の回答への自信に応じた、固定的知能観と暗黙の知能観のネガティブ・フィードバックに対する総平均脳波形。(B)自信があった問題に間違えた時と自信がなかった問題に間違えた時の違いを示す脳の断面地理図。(C)Aと同じだが、脳波形の測定は、脳のFz(知能観の影響が主要に見られる箇所)で行われている。(D)ネガティブ・フィードバックに対する固定的知能観と暗黙の知能観の、反応最大時(P3のピーク時=380ms)の違いを示す脳の断面地理図。(E-H)上記をポジティブ・フィードバック時に行ったもの。

解説します。

まず、Figure5のAをご覧ください。ここで「期待の影響」となっているのは、回答に自信があった問題の間違いを知った時と回答に自信がなかった問題の間違いを知った時の違いの比較という意味です。

結果、暗黙の知能観グループも固定的知能観グループも、回答に自信があった問題が間違えていたというフィードバックを受け取った時の方が、回答に自信がなかった問題が間違えていたというフィードバックを受け取った時よりも、波形のピークが大きくなっています(F(1, 45) = 57.8, P < 0.0001)。Figure5のBは、知能観の違いによる脳波の顕著な違いは見られないことを示しています。

次に、本題である知能観の違いによる、ネガティブフィードバックに対する脳の反応の違いを見てみましょう。

FCzよりわずかに前部のFzの領域において、固定的知能観と暗黙の知能観の人のP3脳波の違いが顕著に見られました。Figure5のCとDをご覧ください。これらは、固定的知能観の人の方が、暗黙の知能観の人よりも、ネガティブフィードバック(=自分が間違っていたという情報)に対して、脳が強く反応していることを示しています(F(1, 45) = 4.1, P < 0.05)。

なお、知能観の違いによるネガティブフィードバック情報に対する脳の反応の違いは、FCz(P=0.6)においてもFz(P=0.9)においても、回答に自信があるかないかに関係なく、顕著に見られました。

次に、ネガティブフィードバックによるP3の増幅が、前頭葉前部 (FP1/2, AF7/8)、前頭(F3/4, F5/6)、中央辺縁部(C3/4, C5/6)、頭頂部(P3/4, P5/6)、後頭部(O1/2, CB1/2)、側頭部(T7/8, TP7/8)へ、どのように波及分散しているかも分析されました。

具体的には、まず知能観の違いによって脳の反応が違います。そして、その違いは脳の前部前頭葉の左側の領域から顕著に現れることがわかりました(P < 0.001)。そして、固定的知能観の人の方が、暗黙の知能観の人よりも、脳が受け取ったネガティブな情報が、脳内で増幅していることがわかりました。

なお、メモとして、視覚や色彩認識を司る後頭葉左側 (P < 0.05)にも、知能観の違いによる脳の反応の違いが見られたことを記しておきます。

3.2.2. ポジティブフィードバックに対する反応の違い

次に、ポジティブフィードバック(正解していたことを知らせる情報のフィードバック)についても見ていきましょう。

まず、Figure5のE、Fから見られるように期待効果(回答に自信があった問題の正解と、回答に自信がなかった問題の正解)の顕著な違いはポジティブフィードバックにも見られます。

ポジティブフィードバックの場合、回答に自信がなかったものの正解情報の方が、回答に自信があったものの正解情報よりも、FCzにおいても、FzにおいてもP3の振れ幅が顕著でした(F(1, 45) = 95.2, P < 0.0001 and F(1, 45) = 64.3, P < 0.001)。なお一見すると、固定的知能観グループの方が、P3の振れ幅が大きいように見えますが、統計的に優位な差はありません。

なお、Figure5のG,Hが示すように、ネガティブフィードバックと違って、ポジティブフィードバック(正解であることを伝える情報)においては、知能観の違いによる、脳波の顕著な違いは見られませんでした。

つまり、正しかったことを伝える情報を受け取った時は、暗黙の知能観の人も固定的知能観の人も、脳神経的に同じ反応を示しますが、間違っていたことを伝える情報においては、固定的知能観の人の方が顕著に強く反応している、ということです。

3.2.3. ネガティブフィードバックとポジティブフィードバックの比較

次に、Figure5のCとGを比較すると、300ms以降の時点で、ネガティブフィードバックの方が、大きなFRN(陰性電位)を示しています。

しかし、FRNに対する知能観の違いと期待の違いが及ぼす影響の分析は、測定がP3と重なるため複雑になります。そこで、FRN分析におけるP3の影響を和らげるために、以下の方法で、ネガティブフィードバックからポジティブフィードバックを引き算したものを、FRNとして分析しています。

  • 期待が低かった問題の間違い(LCE) – 期待が高かった問題の正解(HCC)
  • 期待が高かった問題の間違い(HCE)-期待が低かった問題の正解(LCC)

これによって、回答に自信がなかった問題へのネガティブフィードバック(LCE-HCC)のFRNと、回答に自信があった問題へのネガティブフィードバック(HCE-LCC)のFRNをそれぞれ強調することができます(バターフィールドらの研究で※10で同じような手法での分析が行われています)。

結果がFigure6です。

Figure6. フィードバック関連陰性電位(FRN)。(A)固定的知能観と暗黙の知能観の、予期していなかった間違いのフィードバックと、予期していた間違い(LCE-HCC)のフィードバックに関連する波形の違い(HCE-LCC)。黒矢印は、Figure2CとGの陰性のピーク波形と対応するパートを示す。(B)ピークレイテンシーにおけるFRNの波の違いの断面地理図。

解説すると、暗黙の知能観の人は、自信がなかった問題の間違いのフィードバックと自信があった問題の間違いのフィードバックの双方において、顕著に大きなFRN反応があります(P-values < 0.01)。

一方で、固定的知能観の人は、回答に自信があった問題(予期していなかった間違い)のフィードバックの時のみ、大きなFRN反応があります。

この結果は、固定的知能観の人は、自分が正しいと思っていたものの間違いが露呈した時に強く反応する(=自分の間違いに脳が反応してしまう)ことを示します。一方で、暗黙の知能観の人は、自分が正しいと思っていたものであっても、間違っていたと思っていたものであっても、その情報が伝えられた時の脳の反応に違いはありません。つまり、自分の思い込みに関わらず、どんな種類の間違いも間違いとして、脳が同じように受け入れているということです。

3.2.4. ゴール選好によるネガティブフィードバックへの反応の違い

次に、知能観の違いによる、フィードバック情報に対する脳の反応の違いが、ゴール選好(暗黙=ラーニングゴール、固定=パフォーマンスゴール)から来ているのかを確認するために、ネガティブフィードバックに対する前部前頭葉のP3のピーク振れ幅と、ゴール選好の間の関係を、スピアマンの順位相関係数で分析しました。

これは、固定的知能観と暗黙の知能観グループで別々に行われています。

その結果がTable2です。

Table2. 固定的知能観と暗黙の知能観グループの、正解の自信が低かったものの間違い(LCE)と正解の自信が高かったものの間違い(HCE)における、ゴール選好と前部前頭葉のFzにおけるP3スピアーマンの相関係数。*p<0.05。

解説すると、パフォーマンス・ゴールと、ネガティブフィードバックに対する前部前頭葉のP3の振れ幅とは正の関係があります。

ただし、固定的知能観の人の、回答に自信がなかった問題のネガティブフィードバックとP3の振れ幅の相関は弱いものでした。これも、つまり、パフォーマンス・ゴールの人は、自分が正しいと思っていた事柄の間違いの露呈に大きく反応するということを示しています。

対照的に、ラーニングゴールと、ネガティブフィードバックに対するP3の振れ幅とは負の相関関係があります。これは、よりラーニング・ゴールの人にとっては、予期せぬネガティブなフィードバックは、固定的知能観の人にとってほど、脅威ではないということを表します。

3.2.5. 学習関連フィードバックに対する反応の違い

最後に、学習関連フィードバックに対する反応の違いを見てみましょう。

この分析においては、Figure4の、T7、T8、TP7、TP8における「Dm効果」を分析しています。

「Dm “Difference due to memory”」とは、学習の間に覚えたもので、その後にも思い出すことが可能だったものと、その後忘れてしまったものとの間の神経活動の違いです。これを見るために、ここでは、側頭部領域の負の方向への電位に焦点を当てて分析します(※10)。簡潔に説明すると、負の方向への電位が大きいほど、そして、持続しているほど、その刺激を与えた情報をより強く記憶しているということです。

結果、Figure7で見られるように、250ms-500msの辺りで見られる左脳の負の電位の振れ幅は、暗黙の知能観グループの方が顕著に大きいものです(F(1, 45) = 40.5, P < 0.001)。さらに、この負の方向の電位は、500-1000msにおいて暗黙の知能観の人の方が、より持続しています(F(1, 45) = 13.0, P < 0.001))。

これは、再テストで正解した問題数に反映されています(F(1, 45) = 31.2, P < 0.001)。

Figure7. 学習関連フィードバックに対するERP(事象関連電位)。

余談的ですが、1000-1500msは、脳の記憶パフォーマンスと顕著な関係がない領域ですが、それでも、暗黙の知能観の人の方が、固定的知能観の人たちと比べて、顕著に負の方向の電位が残り続ける傾向が見られます(F(1, 45) = 1.0)。それらは、継続して左脳側に残り続けています(F(1, 45) = 18.4, P < 0.001)。

なお、Dm効果が側頭部領域において最も明白に見られる期間(500ms-1000ms)の、他の領域の脳波も分析されました。結果、他の領域では顕著な効果は見られませんでした。

しかし、知能観の違いによる効果は、言語、記憶に関わる左脳側頭部の領域で顕著に見られます(Figure8C; P < 0.01; all other P-values > 0.3)。

Figure8. (A)750msにおける左脳と右脳の半球のDm効果(後に正解した問題と、後も不正解だった問題の違い)を描写した図。(B)500ms-1000msのDm効果の領域分散。重要な記憶関連の違いに関する領域はアスタリスクで記している。(C)Bで見つかった記憶関連の違いが見られる領域の平均活動。知能観の重要な違いはアスタリスクで記している。

4. 結論

当実験は、失敗を経験した後に、その失敗を乗り越える方法を学習する機会が現れると、意識下における脳内の反応プロセスがどのように異なるのかを、ERP(事象関連電位)で追ったものです。

結果、暗黙の知能観の人と固定的知能観の人は、成績関連フィードバックに対して、いくぶん、異なった脳反応を見せることがわかりました。どちらの知能観の人たちも、前頭中心部の領域ではP3脳波(期待した結果と実際の結果のミスマッチの主要な指標)において同じような変化を見せましたが、前部前頭葉の領域では、固定的知能観の人が、成績関連フィードバックに対して、より大きなP3の変調を見せました。

加えて、固定的知能観の人の脳は、学習関連フィードバックに対して、持続的な反応が低い傾向が見られました。その証拠に、意味記憶(エピソード記憶)の活性化の度合いを示すマーカーである、脳の前側頭部の負荷電位期間に顕著な違いが見られました(※10,14,15)

この違いは、ある意味で、暗黙の知能観がなぜ失敗後により大きな学業的達成ができるのかを説明しています。

参考文献・脚注

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  2. Dweck CS, Sorich L. Mastery-oriented thinking. In: Synder CR, editor. Coping. New York: Oxford University Press; 1999. pp. 232–51.
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  15. Nessler D, Johnson R, Jr, Bersick M, Friedman D. On why the elderly have normal semantic retrieval but deficient episodic encoding: A study of left inferior frontal ERP activity. Neuroimage. 2006;30:299–312.

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