困難な状況に立ち向かう粘り強さを生み出す3つの要因と発見

人生は困難の連続であることは全ての人に共通していると思います。そして、困難な状況で粘り強くやり抜くことができる人と、やり抜くことができない人がいます。

両者の違いは何なのでしょうか。

アンジェラ・ダックワースは、ベストセラー『やり抜く力 人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』で、そのカギが “GRIT(やり抜く力)” 、つまり、「情熱 × 粘り強さ」であることを発見しました。そして、GRITがあれば、才能や知性は関係ないことを発見しました。

その中で、GRITを伸ばすには、「興味があることに打ち込む」「チャレンジし続ける」「小さな成功体験を積む」「メンターを見つける」など様々なアドバイスが書かれています。

まさに、その通りなのですが、以前の私のように、そもそも、そうしたアドバイスに粘り強く取り組むことができない人にとっては、「じゃあ、どうすれば、そうしたアドバイスに粘り強く取り組めるようになるのか」という点が最大の悩みだと思います。

本稿でご紹介するのが、まさにその答えです。

なお、本稿では、「成長マインドセット」や「知能観」という言葉が出てきます。それらについては、以下のページで解説していますので、併せてご確認ください。

それでは見ていきましょう。

目次

はじめに:実験の詳細について

本稿の内容の根拠となっているのは、スタンフォード大学とテキサス州立大学の社会心理学者らの共同研究『マインドセット介入は学業の不達成の拡張可能な解決策』です。

この実験は、アメリカの13の高校から合計1,594人の生徒たちを集めて行われました。学生たちはランダムに次の4つのグループに振り分けられます。

  • 成長マインドセットグループ
  • 目的意識グループ
  • 成長マインドセット × 目的意識グループ
  • 対照グループ

それぞれのグループに、1コマ45分のオンラインの講義を、約2週間の間をあけて2コマ行いました。これらの講義は対面ではなく、オンラインで行われたという事をぜひ覚えておいてください。

1コマ目の講義は、成長マインドセットに関するものです。この講義では、脳神経科学的根拠をもとに、能力は学習と訓練によって向上することを伝えることを目的としています。具体的には、生徒たちは、チャレンジングな課題を乗り越えようとする時に脳がどのように成長するのかということと、結果は努力と戦略によって決まるということ、挫折や失敗は可能性を決定づけるものではなく将来のための学びの機会であることが書かれた記事を読みます。

そして、記事を読んだ後に、2つのライティングの課題を行います。1つ目は、記事に書かれている脳神経科学的発見を自分の言葉でまとめる、というものです。2つ目は、自分に失望し学校でうまくやっていく自信がなくなってしまった架空の生徒について読み、その生徒に、記事で学んだことを活用してアドバイスする、というものです。

対照となる講義では、生徒たちは同じように記事を読み、ライティングを行いますが、記事の内容が異なっています。その内容は、脳の部位ごとの機能を説明するもので、脳の成長の可能性を説明するものではありません。つまり、対照講義では、「知能は伸ばせるものである」という心理学的メッセージは含まれていないということです。

2コマ目の講義は、目的意識に関するものです。「目的意識」とは、テキサス州立大学、スタンフォード大学、ニューヨーク州立大学、ペンシルベニア大学の心理学者たちの共同研究、『退屈だが重要:学習の自己成長目的が学校における自己調整を強化する』で発見された概念です。

この講義では、生徒たちはまず、世界をより良い場所にできるとしたら自分はどうしたいかを簡潔に書くように求められます。多くの生徒たちは、「世界にポジティブな影響となりたい」「家族に自分のことを誇りに思ってほしい」「他の人から見て良い人物の例となりたい」というようなことを書きました。次に、そうした目標を実現するために、学校での学習や努力がどのように役立つのかを書くように求められます。つまり、利他的な目的意識を明確にする内容になっています。

対照講義でも似たようなことを行いますが、ここでは、「世界をより良い場所にできるとしたら」という利他的な目的意識ではなく、将来にどのような経済的社会的目標を達成したいのか、そしてその達成のために、学校で、どのように努力すべきなのかを書くように求められます。つまり、利己的な目的意識を明確にする内容になっています。これは、上述の論文「利己的な目的意識よりも利他的な目的意識を持つ人の方が、より生産的になる」という発見を反映したものになっています。

それぞれのグループは、1コマ目と2コマ目の講義を、次のように受けています。

それぞれのグループが1コマ目と2コマ目で受ける講義の内容

これらの講義の後、いくつかの心理学的項目を測定した結果、それぞれのグループの知能観と学業に対する考え方は次のように変わっています。

1コマ目と2コマ目の講義を受けた後の知能観や目的意識の測定結果

それでは、この実験から得られた発見を見ていきましょう。

1. 暗黙の知能観と目的意識が困難な状況に立ち向かう力を生み出す

まず、講義によって、暗黙の知能観、そして利他的な目的意識を持った生徒たちのうち、特に、より困難な状況であった生徒たちの成績が顕著に向上することがわかりました(Figure1)。

介入の成績への影響
Figure1. 介入の成績(GPA)への影響。実験後の主要科目のGPAの標準残差を、リスクとグループを関数としてグラフ化したもの。高校中退リスクにある生徒の数519人、高校中退リスクにない生徒の数1,075人。残差は、リスク変数、事前のGPA、学校、人種、性別を調整した上での計算。エラーバーは、±1 の誤差を示す。

まず、成績の測定において、被験者の生徒たちを、高校中退リスクにないグループ(1075人)と、高校中退リスクにあるグループ(519人)に分けています。「高校中退リスクにある」とは、シカゴ教育研究会が何十年にも渡るデータから作った「落第指標」に該当するということです。具体的には、総合成績(GPA)が2.0以下か、主要科目のうち最低1つで単位が取れていない場合に、これに該当します。

結果、高校中退リスクにない(=困難な状況にない)生徒たちに顕著な変化は見られませんが、高校中退リスクにある生徒にとって、それぞれの講義は、成績に対して顕著にポジティブな影響を及ぼすことがわかりました。

つまり、より困難な状況に直面している生徒たちには、成長マインドセットを教えることも、利他的な目的意識を教えることも、大きな効果があるということです。

もともと高校中退リスクにない生徒たちは、そもそも、すでに成長マインドセットや利他的な目的意識をある程度持っていたと考えられます。そのため、より困難な状況にあった高校中退リスクにある生徒たちにのみ顕著な影響が見られたことに不思議はありません。

このことから、挫折や失敗といった困難に直面している生徒たちにとっては、学業を教える前に、何よりもまず、人間の能力は努力と訓練によって伸びることや、社会貢献などの利他的な目標の達成に対する学業の意義を教えることなどの、意識変革が重要であることがわかります。

なお、高校中退リスクにあるグループの、講義後の平均成績(GPA)の伸びは次の通りです。

Figure2. 落第リスクにある生徒たちのグループごとのGPAの変化

ここから読み取れるように、成長マインドセットグループと目的意識グループ、そして、成長×目的意識グループは、比較対照グループと比べて、成績が顕著に向上しています。

目的意識グループの方が成長マインドセットグループよりも成績が伸びましたが、これに関しては、もともとの講義の内容の問題だと考えられます。

つまり、成長マインドセット講義よりも、目的意識講義の方が、より勇気付けられるものになっていた可能性があります。もしくは、能力は努力によって伸ばすことができるという信念を持つこと以上に、自己超越した利他的な目標を追い求めるようになることが、困難な状況において粘り強く取り組む力の発揮にとって、決定的である可能性もあります。この点に関しては、さらなる研究が求められます。

一方で、成長マインドセット講義と目的意識講義の両方を同時に受けた生徒たちの成績が、それほど伸びなかったことは興味をひきます。異なる複数の意識介入講義を組み合わせて行った過去の実験でも、短期間に教える内容は、1つに絞った方が良いことが発見されています(※8,3)。つまり、生徒たちは複数の心理学的メッセージを含む講義を同時に受けると、そのメッセージをうまく消化することができないと考えられます。この点についても、より良いアプローチを発見するために、さらなる研究が待たれます。

2. 暗黙の知能観または目的意識の教育の影響は主要科目全てに見られる

続いて、主要科目の個別の成績にどのような変化があったのかが測定されました。具体的には、複合効果モデルのロジスティック回帰分析が行われています。これは意識介入の講義が、それぞれの主要な教科の成績の傾向に対して、どのような影響を与えたのかを精査するものです。

なお、この分析は、高校中退リスク下にある生徒たちのみを対象として行われています。以下をご覧ください。

Figure3. 高校落第リスクという状況下にある生徒たちに対する主要教科における合格割合への介入効果。(a)は介入前と介入後の個別教科に合格した生徒たちの割合の変化。(b)は、介入前と介入後の全主要教科に合格した生徒たちの割合の変化。エラーバーは±1の誤差。

この回帰分析によって分かったことは次の通りです。

まず、意識介入の講義は、生徒たちに、確かに影響を与えています(OR[オッズ比]=1.48, 95%、CI=[1.04, 2.10]、Z[Z値]=2.18、p = .029.)。そして、講義を受けた生徒たちは、比較対象グループの生徒たちと比較して、全ての主要科目において成績の向上が顕著でした。

高校中退リスクにある生徒たちが、それぞれの主要科目で、合格点以上を取れた比率でいうと、は介入グループが49%、比較対象グループが41%です(OR=1.58、Z=2.68、p=.007.) 。

さらに、主要科目全ての合格率においては、比較対象グループでは有意な差はありませんでしたが(-0.4%、t<1)、介入グループの生徒たちは有意に6%も上昇しています(Z=4.38、p<.001)。

ここからは、ものごとに才能などないということがわかります。当研究に参加した高校中退リスクにある生徒たちは、元々は、あらゆる科目で落第点を取り続けていた生徒たちです。きっと、「自分には勉強の才能がない」と思い込んでいた生徒たちも少なくないことでしょう。

しかし、意識介入によって、脳科学的にも人の能力は伸びるようになっていること、そもそも脳がそのようにできていることを教えられた生徒たち、または利他的な目的意識をもち学業がその目的の実現のために有意義であることを教えられた生徒たちは、勉強に対する苦手意識を乗り越える粘り強さを発揮し、短期間で主要科目の合格率が向上したのです。つまり、「自分には勉強の才能がないから」と、自らの失敗や挫折は仕方がないもの、と解釈する傾向が顕著に減ったのです。

このことから、子供をもつ親であれ、生徒をもつ教師であれ、部下をもつマネージャーであれ、まず重要なことは、個々人の才能を勝手に判断しないことが重要であることがわかります。そうではなく、成長マインドセットや、利他的な目的意識を教えることによって、彼らの自発性を伸ばす助けをする方が、はるかに生産的です。

この結果は、そのことを示唆していると言えるでしょう。

3. 短いオンライン講義でポジティブな信念や意識を持つことができる

この実験結果において、特に注目したいのは、たった45分間のオンラインで行われた講義が、多数の多様なグループの、成績不良の生徒たちの学業における達成に効果的だったということです。

モチベーションが高い人と低い人の違いに関する心理学的な6つの発見』では、1コマ25分の講義を合計8回行うことによって、生徒たちはポジティブな信念を持つようになりました。『失敗や挫折から学ぶ人と逃げる人の心理学的な2+5つの違い』では、能力ではなく努力をほめることによって、生徒たちはポジティブな信念を持つようになることが分かっています。

しかし、これらは、いずれも、対面による講義でした。当研究では、対面でなくとも、オンラインで、脳科学的な根拠とともに能力は努力と訓練によって、どこまでも伸びる可能性があることを伝えることによって、生徒たちはポジティブな信念をもつようになったのです。

このことは、WEBやITを駆使することによって、創造性を刺激できることを示唆しています。これは、教育サービスを志すエンジニアにとって、非常に勇気付けられるものです。この点において、わたしたちのようなWEBやIT業界で働く人間にとって、この発見は興奮をもたらしてくれるのではないでしょうか。これは、こうしたオンライン教育は、ネット環境がある全ての生徒たちに対して行うことができる、ということを理論的に示しているからです。

さらに、暗黙の知能観や、目的意識の教育が、特に、高校中退リスクというより困難な状況にある生徒たち(被験者の成績下位30%に該当)に対して、大きな効果があったという発見も非常に意義があります。さらに、この効果は、異なる学校の中においても横断的に見られたのです。

世界中の名著とされる古典には、国や組織というのは、すべて人によって豊かになっていく、ということが書かれています。そして、世界中のあらゆる国や組織が教育に力を入れていますが、コストの問題や、何を教えるべきかの問題があって、人それぞれの内面を豊かにする教育は実現できずにきました。

当研究は、そうした問題を解決できる可能性を示していると考えます。

さらに、マインドセットの講義がポジティブな効果を生み出せるかどうかは、学習環境に関わっています。マインドセット講義によって、生徒たちは、成長の機会を求めるようになります(参考:『ラーニングゴールとパフォーマンスゴールが振る舞いのパターンを作るメカニズム』)。しかし、そもそも、彼らの周りに成長できるような機会が欠けていれば、効果も見られなくなるからです。

そのため、意識介入のオンライン講義はもちろん、既になされている実学のオンライン講義の充実も非常に重要なものです。

まとめ:粘り強さをもたらすのは目的意識よりもまず暗黙の知能観

本稿の結論として、第一義的に重要なのは、困難な状況下で挫けそうな人や、逃避してしまう人に必要なのは、勉強や仕事のスキルの教育ではないということです。

彼らにとって必要なのは、何よりもまず、人間の能力は努力の継続によって伸ばすことができる無限の可能性があるということ、そして、それは単なる気休めの言葉ではなく数々の実験から発見された心理学的、脳科学的な根拠があるということ、を伝えることです。

もしくは、子供であれ部下であれ自分自身であれ、勇気づけたい人が、真剣に達成したいと考えている利他的な目標があるなら、目の前のタスクや仕事をこなすことが、その目標の実現に繋がるかどうかを検証することです。

しかし、成長マインドセットと利他的な目標意識を同時に伝えると、どちらか一方だけを伝えた時と比べて、粘り強さは低下しています。そのため、実際に、子供たちや部下や自分自身に適用する際はどちらか一つに絞ると良いでしょう。

真の利他的な目標は、成長マインドセットの人間のみが持てるもののように私には考えられますので、先に成長マインドセットから伝える方が望ましいのではないでしょうか。

いずれにせよ、本稿では、成長マインドセット(ラーニング・ゴール)、または、利他的な目的意識を持っている人は、そうでない人と比べて、困難な状況における粘り強さが顕著に異なることを、「統計的に」確認しました。当研究の価値は、何よりもそこにあります。

なお、次ページ以降は、実験の詳細についてより細かく解説しています。ご興味がある方はご覧ください。

1 2



よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次
閉じる