困難な状況に立ち向かう粘り強さを生み出す3つの要因と発見

目次

1. 実験の手順

1.1. 参加学校のデモグラフィック

この実験は、アメリカの13の高校(8つの公立高校、4つのチャーター・スクール、1つの私立高校)から合計1,594人の被験者を集めて行われました。

以下のTable1.で見られるように、彼らの社会経済的特徴は、多岐に渡ります。例えば、6つの学校では、半分以上の生徒が、親の収入が低いために、学校が提供する無料ランチや割引ランチを利用しています。一方で、5つの学校では、それらを利用している生徒は一人もいません。

またSAT(大学進学適性試験)の平均成績も様々です。

Table1. 参加学校のデモグラフィック

実験に参加した生徒たちのデモグラフィックは以下のTable2.の通りです。

Table2. 被験者の特性デモグラフィック

1.2. 参加生徒が受ける介入セッションの概要

それぞれの参加学校は、参加する教師を採用し、教師とともに教室に参加し、一緒に進捗を確認するスタディ・コーディネーターを一人選ぶことを要請されています。コーディネーターは教師に、学習ウェブサイトPERTSのアカウントを作り、一コマ45分の授業を2つ、2週間(平均13日)の間隔を置いて、スケジュールを組むように伝えます。

この2つの授業は、1月から5月までの春学期の期間に、学校のコンピューターでオンラインで受講できるようにしました。教師は、生徒に対して、これはスタンフォード大学の実験の一部で生徒が学ぶ理由や方法を調査するものである、と説明します。

1コマ目の授業は成長マインドセット介入のためのセッションで、2コマ目の授業は目的意識介入のためのセッションです。

1.2.1. 成長マインドセット介入セッション

1コマ目の授業である成長マインドセット介入セッションは、アロンソンらの『知能観の形成によるアフリカ系アメリカ人大学生への偏見の脅威の低減効果』、ブラックウェルらの『暗黙の知能観による思春期の移行期の達成の予測:縦断的研究と介入』、グッドらの『思春期の子供たちのテスト成績の標準化:偏見による脅威の低減介入』で用いられたのと同じ内容と手順を使います(※1,2,3)

しかし、45分の授業での介入効果を高めるために、いくつか改善しています。生徒たちは、チャレンジングなタスクに直面した時に成長しようとする脳の機能と、チャレンジの結果は努力と戦略によって決まるということが書かれた記事を読みます。

この記事のメインテーマは、学習と訓練によって知力が向上することを示す脳神経科学的根拠を伝えることです。さらに、成績不良の生徒たちへの配慮として、この記事では、学校におけるいざこざや挫折は自らの可能性を決定づけるものではなく、それらは将来のための学びの機会を提供しているということを強調しています。

続いて、このメッセージを、2つのライティングの訓練を通じて強化します。1つ目のライティング訓練は、この記事の科学的発見を自分の言葉でまとめる、というものです。2つ目のライティング訓練は、自分に失望し、自分は学校でうまくできないんだと考え始めている架空の生徒について読み、その生徒に記事で学んだことを活用してアドバイスする、というものです。

比較対象セッションでは、生徒たちは同じように記事を読みますが、その記事の内容は、脳の部位ごとの機能を説明するもので、脳の神経科学的な成長の可能性を説明するものではありません。つまり、比較対象グループが読む記事には、知能は伸ばせるものである、という重要な心理学的メッセージは含まれていません。

1.2.2. 目的意識介入セッション

2コマ目の授業である目的意識介入セッションは、学校での学習が、どのように人生において意味のあるゴールの達成を助けてくれるか、という点に関する理解を深めるようにデザインされています。ここで用いた方法は、イェーガーらの『退屈だが重要:学習の自己成長目的が学校における自己調整を強化する』から直接採用したものです(※4)

このセッションでは、生徒たちはまず、世界をより良い場所にできるとしたら自分はどうしたいかを簡潔に書くように求められます。多くの生徒は、「世界にポジティブな影響となりたい」「家族に自分のことを誇りに思ってほしい」「他の人から見て良い人物の例となりたい」というような望みを叶えるために、学校で一生懸命頑張る、と書きました。次に、生徒たちは自分自身のゴールについて聞かれ、学校での学習と努力が、そのゴールの達成にとってどのように役立つのかを書きました。

比較対象セッションでも、似たようなことを行います。まず高校入学の前と後で、生活がどのように違うかを書くように求められます。ここでは学校で努力すべき理由について、社会貢献ではなく、将来の経済的関心の達成のため、ということを強調する内容になっています。

これは、イェーガーらの研究、『退屈だが重要:学習の自己成長目的が学校における自己調整を強化する』や『思春期の間の人生の意味や学校での学習意欲の促進における目的意識に満ちたゴールの役割』の、「目的意識」における有用な目的とは、利己的なゴールではなく自己を超越した利他的なゴールである、という発見を導入したものです(※5)

1.3. 参加生徒のグループ分け

それぞれの生徒たちは、この学習サイトの会員になった時点で、ランダムに比較対象グループか、3つの介入グループ(成長マインドセットグループ、目的意識グループ、そして成長マインドセット×目的意識グループ)の4つの内の1つに振り分けられます。

それぞれのグループが受講するセッションの内容は次のTable3.の通りです。

Table3. 参加生徒のグループ分けと受講するセッション内容

つまり、成長マインドセットグループは成長マインドを、目的意識グループには目的意識を、成長マインドセット×目的意識グループは両方を持つように誘導する、ということです。

比較対象グループは、どちらにも誘導されません。

2. 実験の結果

2.1. 介入セッションの影響の確認

それぞれのグループの成績の変化を見る前に、成長マインドセット介入セッションと目的意識介入セッションが、生徒たちの知能観(知能は可変か不変かの信念)や、学業への有意義性(目的意識)を変化させたのかを確認しておきましょう。なお、知能観の詳細については、『知能観とは(暗黙の知能観と固定的知能観))』をご覧ください。

この確認のために、1回目のセッションのはじめと、2回目のセッションの最後に、心理学的項目の計測を行っています。

最初のものは、成長マインドセット介入が、生徒たちの信念を「暗黙の知能観」に変えたことを確かめるためです。これは、「新しいことを学ぶことはできるが、基本的な知能を変えることはできない」と「知能の量は生まれた時から変わらず、できることはほとんどない」という文を使って調査されています。

次に、生徒たちの平凡な学業の解釈を、「学業の有意義性」調査で計測しました。これは、生徒たちが、数学の宿題のような学業を、数字を計算機に入力するようなつまらない機械的な作業とみなすか、課題解決スキルを養うような高い学習性と成長性のあるものとみなすか、などの傾向を調査するものです。

これらの計測結果は次の通りでした。

Table4. 心理学的計測項目の計測結果

成長マインドセットグループは暗黙の知能観を持つ傾向が、その他のグループより顕著であることが確認できます。目的意識グループと、成長マインドセット×目的意識グループは暗黙の知能観をもつ傾向は見られません。

次に、学業の有意義性の計測では、成長マインドセットグループと目的意識グループが、平凡な学業にも有意義性を見出す傾向が顕著に確認できました。しかし、意外なことに、成長マインドセット×目的意識グループでは、その傾向は見られません。

成長マインドセット×目的意識グループが、ともに暗黙の知能観も、学業の有意義性も持たない傾向にあった点は興味深いです。これは、短期間に2つの概念を紹介されたため、その解釈にいくつかの矛盾が生じて混乱してしまったためだと考えられます。

上記の表を統計的に正確に表現すると次の通りです。なお、統計が不慣れな方は読み飛ばして頂いても、さほど問題はありません。

「知能観」の線形回帰分析では、成長マインドセットグループは、暗黙の知能観(知能は努力と訓練によって伸ばせるという信念)をもつ傾向が有意でした〈β[回帰係数]= 0.17, 95%、CI[信頼区間]=[0.05, 0.28]、t(1007) = 2.82, p=.005〉。

しかし、目的意識グループと、成長マインドセット×目的意識グループでは、暗黙の知能観を持つ有意な傾向は見られませんでした(ps[プロペンシティスコア]>.24)。

「学業の有意義性」の線形回帰分析では、目的意識グループは、比較対象グループと比べて、平凡な学業に対して学習意義や成長意義を見出す傾向が有意にありました〈β=0.17, 95%、CI=[0.03, 0.32]、t(1000)=2.37、p=.018〉。

成長マインドセットグループでも、平凡な学業に対して学習意義や成長意義を見出す傾向は有意でしたが、目的意識グループよりは部分的でした〈β=0.11, 95%、CI=[−0.01, 0.23]、t(1000)=1.77、p=.078〉。

成長マインドセット×目的意識グループでは、平凡な学業に対して学習意義や成長意義を見出す有意な傾向は見られませんでした〈t<1〉。

2.2. 成績の変化

2.2.1. 成績の計測方法

成績の変化を見て行く前に、成績の測定方法について解説しておきます。この実験において学校側が、参加した生徒たちの成績証明書を提供してくれています。しかし、成績の評価方法は異なりました。

10校が、生徒たちの成績を A, B, C, D, F(Fail) の5段階で評価し、3校が、A, B, C, NC(落第)の4段階で評価しています。この実験では、まず、A, B, C を、4, 3, 2 と数値化することが決まりました。DとFとNCの数値については、以下の3パターンが考えられました。

  1. D=1, F=0, NC=missing
  2. D=1, F=1, NC=1 (全て不十分な成績として計測)
  3. D=1, F=0, NC=1 (DとNCはCのすぐ下、Fは落第として計測)

これらの3つのパターンを吟味した結果、3つ目のものが採用されることになりました。なぜなら、(a)全てのデータを含められる、(b)FとDを区別できるからです。

これに加えて、不合格の評価であるD, F, NC をインコンプリート(I)、合格評価であるA, B, C をパス(P)またはクレジット(CR)とする二分法の成績評価も追加しています。

そして、生徒たちの介入前の学期末(春学期)と、介入後の学期末(秋学期)の主要科目(数学、国語、科学、社会科学)の成績(GPA)を算出しています。これらの主要科目に絞ったのは、これらの科目が一般的に、生徒たちの学業の成功にとって重要であり、それ以外の科目よりも難しいからです。参考までに主要科目の平均GPAは2.45で、非主要科目の平均GPAは3.15です。そのため、主要科目が介入の効果を見るのに、最も適していると考えられます。

2.2.2. 成績(GPA)への影響

介入が成績に影響したかどうか、特に、当研究の主ターゲットである成績不良だった生徒に対して、どう影響したかを見るために、生徒たちを落第指標でグループ分けしています。「落第指標」は、シカゴ学校研究協会が、シカゴの公立学校の何十年に渡る記録から作ったものです(※6,7)

この実験における被験者の中では、519人(33%)の生徒が、一学期目の成績(GPA)が、2.0以下か、最低1つの主要科目で単位が取れておらず、「落第指標」に該当します。

なお、介入前の学期では、介入グループも比較対象グループも成績(GPA)に統計学的な違いは見られません(ts<1)。

なお、統計に触れておくと(読み飛ばして構いません)、成績の線形回帰分析においては、リスク、

  • 0=リスクなし
  • 1=リスクあり

と、それぞれの介入グループのダミー変数、

  • 成長マインドセットグループ
  • 目的意識グループ
  • 成長マインドセット×目的意識グループ

リスク×介入グループのダミー変数、

  • リスク × 成長マインドセットグループ
  • リスク × 目的意識グループ
  • リスク × (成長マインドセット×目的意識グループ)

を含んだ上で分析が行われています。

以下のFigure1. が、それぞれのグループの介入の平均GPAへの影響を線形回帰分析した結果です。

介入の成績への影響
Figure1. 介入の成績(GPA)への影響。実験後の主要科目のGPAの標準残差を、リスクとグループを関数としてグラフ化したもの。高校中退リスクにある生徒の数519人、高校中退リスクにない生徒の数1,075人。残差は、リスク変数、事前のGPA、学校、人種、性別を調整した上での計算。エラーバーは、±1 の誤差を示す。

この図から読み取ることができるのは、落第リスクのある生徒にとって、それぞれの3つの介入は、成績に対して顕著にポジティブな影響があった、ということです。ただし、成長マインドセット×目的意識グループは、他の2つのグループに比べて、介入の影響は限定的でした。

統計的に厳密に表すと次のようになります。

  • 成長マインドセット:b=0.13, 95%、CI=[0.00, 0.26]、t(1568)=1.97、p=.048)
  • 目的意識:b = 0.17, 95% 、CI=[0.03, 0.32]、t(1568)=2.31、p=.021
  • 成長×目的意識:b=0.14, 95%、CI=[−0.01,0.28]、t(1568)=1.81、p=.071

つまり、落第の可能性という困難な状況に直面している生徒にとっては、成長マインドセット介入も、目的意識介入も、顕著にポジティブな影響を及ぼすということです。しかし、成長マインドセット×目的意識介入もポジティブな影響を及ぼしますが、その影響の大きさは、より小さいものでした。

なお、この研究は、オンラインによる意識介入の有効性を検証することに主眼を置いています。そのため、ここで、意識介入のダミーコード、

  • 0=比較対象グループ
  • 1=意識介入グループ

を作り、実験前のGPA、人種、性別、学校の要素を調整した上で、再度線形回帰分析を行います。それによると、落第リスクという困難な状況下にある生徒たちにとって、意識介入は顕著にポジティブな影響があることがわかりました(b=0.13, 95%、CI=[0.02, 0.25]、t(499)=2.30、p=.022)。しかし、落第リスクにない生徒たちに対しては、影響は見られませんでした(t<1)。

このことから、困難に直面している生徒にとって必要なのは、単純に科目を教えるだけではなく、人間の能力は努力によって伸びることを教えたり、社会貢献などの利他的な目標の達成に学習が有効なことを教えるなどの、意識介入であることが分かります。

しかしながら、3つの介入は全て、落第リスク下にある生徒たちにとって似たような効果がありました。以下のFigure2.は落第リスクにあるグループの、介入後のGPAの伸びです。

Figure2. 落第リスクにある生徒たちのグループごとのGPAの変化

具体的には、それぞれのグループの介入後の成績(GPA)の伸びは以下の通りです。

  • 比較対象グループ:+0.04
  • 成長マインドセットグループ:+0.15
  • 目的意識グループ:+0.18
  • 成長×目的意識グループ:+0.13

これらの効果は、人種や性別に影響されていないことも統計的に確認済みです(ps>.21)。

成長マインドセットグループと目的意識グループでは、後者の方が、より高い伸びを見せました。振り返ってみると、目的意識介入セッションでは、教師は生徒たちに「世界をより良い場所にできるとしたら自分はどうしたいか」と問いました。このメッセージは、学習に対して利他的な目的意識を持つと同時に「自分は世界に影響を及ぼすことができる」という習熟指向のマインドセットを含む内容になっています。

そのため、セッションを受けた生徒たちにとって、成長マインドセット介入セッションの内容よりも、勇気付けられるものになっていた可能性があります。もしくは、能力は努力によって伸ばすことができるという信念を持つこと以上に、自己超越した利他的な目標を追い求めるようになることが、困難な状況において粘り強く取り組む力の発揮にとって、決定的である可能性もあります。この点に関しては、さらなる研究が求められます。

一方で、成長マインドセット介入と目的意識介入の両方を受けた生徒たちの成績が、その他2つの介入グループより伸びなかったことは興味をそそります。過去、異なる意識介入を組み合わせて行った実験は、イェーガーらの『簡潔な心理学的な介入は、高校卒業後のギャップを大きなスケールで低減することができる』グッドらの『思春期の子供たちのテスト成績の標準化:偏見による脅威の低減介入』がありますが、いずれにおいても、異なる意識介入の組み合わせが、より高い影響を与えることはありませんでした(※8,3)

おそらく、生徒たちが2つの心理学的メッセージをうまく消化することができなかったからだと考えられます。心理学的アプローチによって、生徒たちの成績に良い影響を及ぼす、より良い方法については、さらなる研究が待たれているところです。

2.2.3. 個別成績(GPA)への影響

合格評価であるA, B, C は、その教科において、次のレベルの授業を受けるための要件を満たしたことを意味します。介入が、落第リスクという困難な状況下にある生徒たちにとって、合格評価の成績を得るために有効かどうかを見るために、複合効果モデルのロジスティック回帰分析が行われました。これは介入が、生徒たちが、それぞれの主要な教科で合格評価を取る傾向に対して、どのような影響を与えたのかを精査するものです。

この分析は、落第リスク下にある生徒たちのみを対象として行われています。A, B, C, P, CR が合格、D, N, FC, I が不合格とし、介入前後を分けるダミーコード(0=介入前、1=介入後)を作って行い、合格・不合格、介入前・介入後のそれぞれの相互作用を分析したものです。

以下のFigure3. がそれです。

Figure3. 高校落第リスクという状況下にある生徒たちに対する主要教科における合格割合への介入効果。(a)は介入前と介入後の個別教科に合格した生徒たちの割合の変化。(b)は、介入前と介入後の全主要教科に合格した生徒たちの割合の変化。エラーバーは±1の誤差。

この回帰分析によって分かったことは次の通りです。

まず、介入が、生徒たちに、確かに影響を与えています(OR[オッズ比]=1.48, 95%、CI=[1.04, 2.10]、Z[Z値]=2.18、p = .029.)。そして、介入を受けた生徒たちは、比較対象グループの生徒たちと比較して、主要科目において合格評価を得られる傾向が顕著でした。合格率は介入グループが49%、比較対象グループが41%です(OR=1.58、Z=2.68、p=.007.) 。

さらに、主要科目全ての合格率においては、比較対象グループでは有意な差はありませんでしたが(-0.4%、t<1)、介入グループの生徒たちは有意に6%も上昇しています(Z=4.38、p<.001)。

2.3. 結果のまとめ

この実験結果において重要なのは、たった45分間のオンラインで行われた介入セッションが、多数の多様なグループの、成績不良の生徒たちの学業における達成に効果的だったということです。

落第リスクという困難な状況下にあった生徒たち(被験者の成績下位30%)は、介入によって主要科目での成績(GPA)を向上させ、彼らはより多くの主要科目で合格することができました。この効果は、異なる学校の中においても横断的に見られた、という点が非常に重要です。これは、理論的には、こうしたオンライン介入は、ネット環境がある全ての生徒たちに対してさえ行うことができる、ということを意味するからです。

ただし、マインドセット介入が、その他の介入とどのように相互作用を形成できるかについて、さらなる調査が必要とされます。

さらに、マインドセット介入がポジティブな効果を生み出せるかどうかは、学習環境に関わっています。マインドセット介入によって、生徒たちは、成長の機会を求めるようになります(参考:『ラーニングゴールとパフォーマンスゴールが振る舞いのパターンを作るメカニズム』)。しかし、そもそも、彼らの周りに成長できるような機会が欠けていれば、効果も見られなくなるからです。

3. まとめ

本稿の結論として、私がお伝えしたいのは、困難な状況下で挫けそうな人や、逃避してしまう人にとって何よりも必要なのは、勉強や仕事のスキルの教育ではないということです。

彼らにとって必要なのは、何よりもまず、人間の能力は努力の継続によって伸ばすことができる無限の可能性があるということ、そして、それは単なる気休めの言葉ではなく数々の実験から発見された心理学的な根拠があるということ、を伝えることです。

もしくは、子供であれ部下であれ自分自身であれ、勇気づけたい人が、真剣に達成したいと考えている利他的な目標があるなら、目の前のタスクや仕事をこなすことが、その目標の実現に繋がるかどうかを検証することです。

余談ですが、私が尊敬する経営者の一人、稲盛和夫氏は電気通信事業に参入する際、「動機善なりや私心なかりしか」と納得いくまで自問を繰り返したそうです。そして、一切の利己がない利他的な目標なら、それは粘り強く取り組めば、必ず実現すると言います(もちろん盲目的な努力ではなく創意工夫が前提です)。

しかし、成長マインドセットと利他的な目標意識を同時に伝えると、どちらか一方だけを伝えた時と比べて、粘り強さは低下しています。そのため、実際に、子供たちや部下や自分自身に適用する際はどちらか一つに絞ると良いでしょう。

真の利他的な目標は、成長マインドセットの人間のみが持てるもののように私には考えられますので、先に成長マインドセットから伝える方が望ましいのではないでしょうか。

いずれにせよ、本稿では、成長マインドセット(ラーニング・ゴール)、または、利他的な目的意識を持っている人は、そうでない人と比べて、困難な状況における粘り強さが顕著に異なることを、「統計的に」確認しました。当研究の価値は、何よりもそこにあります。

参考文献・脚注

  1. Aronson, J., Fried, C. B., & Good, C. (2002). Reducing the effects of stereotype threat on African American college students by shaping theories of intelligence. Journal of Experimental Social Psychology, 38, 113–125.
  2. Blackwell, L. S., Trzesniewski, K. H., & Dweck, C. S. (2007). Implicit theories of intelligence predict achievement across an adolescent transition: A longitudinal study and an intervention. Child Development, 78, 246–263.
  3. Good, C., Aronson, J., & Inzlicht, M. (2003). Improving adolescents’ standardized test performance: An intervention to reduce the effects of stereotype threat. Journal of Applied Developmental Psychology, 24, 645–662
  4. Yeager, D. S., Henderson, M., D’Mello, S., Paunesku, D., Walton, G. M., Spitzer, B. J., & Duckworth, A. L. (2014). Boring but important: A self-transcendent purpose for learning fosters academic self-regulation. Journal of Personality and Social Psychology, 107, 559–580.
  5. Yeager, D. S., & Bundick, M. J. (2009). The role of purposeful work goals in promoting meaning in life and in schoolwork during adolescence. Journal of Adolescent Research, 24, 423–452.
  6. Allensworth, E. M., & Easton, J. Q. (2007). What matters for staying on track and graduating in Chicago public high schools. Chicago, IL: Consortium on Chicago School Research.
  7. Heppen, J. B., & Therriault, S. B. (2008). Developing early warning systems to identify potential high school dropouts.
  8. Yeager, D. S., Walton, G. M., Brady, S. T., Akcinar, E. N., Paunesku, D., Keane, L., . . . Dweck, C. S. (2014). Brief psychological interventions can reduce post-secondary achievement gaps at scale. Manuscript submitted for publication.
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