自尊心について|現実逃避する人と現実直視する人の違いに関する4つの発見

困難や挫折は、あらゆる領域において逃れることのできない経験です。そして、それらとどう向き合うのかが成功を決めます。具体的には、その挫折の原因となった行動や考え方を改善しようとするかどうか、です。しかし、時に自尊心がそれを邪魔することがあります。

ある人は、挫折の原因を改めるよりも、自尊心を守ろうとします(※1,2)。彼らは、例えば、ネガティブ・フィードバックに対して、それは正しくないとして、拒否してしまうのです (※3,4,5)。そのように不適切なフィードバックの受け取り方をする人たちは、自分を自分より劣る人と比べて安心しようとしたり(※6,7) 、自分の欠点をわざとらしく誤魔化そうとします(※8)

テッサーは、そのような自尊心を守るための行動(例:セルフ・ハンディキャッピングセルフ・プレゼンテーション)を、まとめて、「セルフ・ズー(自己の動物園)」と名付けました(※9)。これらの行動を見せる人は、みな自己防衛的です(※10)。そして自己防衛する人たちは、現実に立ち向かって根本の課題を改善するのではなく、現実を歪めて認識することで精神的に自分を守ろうとします(※11,12,13)

対照的に、挫折を経験すると、それを反省の機会として、是正するための行動を取ることができる人もいます。

数々の研究によると、非生産的な自己防衛反応と、生産的な是正反応の決定的な要因は、ある状況において、どのような選択肢があると認識しているか、にあります(※14,15) 。そして特に、彼ら自身が、改善が可能だと信じているかどうか、にあります(※16,17,18)

つまり、自尊心が高い人とは、どのような逆境にあっても改善が可能だと信じる人たちで、自尊心が低い人とは、改善は不可能だと信じる人たちだと言えます。そして、改善が可能だと信じるか、改善が不可能だと信じるかは、能力は変わらないのか伸ばすことができるのかという素朴な概念(=知能観)から生まれることが分かっています(※19)

本稿では、この知能観フレームワークを基礎として、自尊心を守ろうとして成長しない人と、自尊心を取り戻そうとして成長する人の違いをお伝えしていきます。

目次

はじめに. 自尊心に関する4つの発見

本稿の内容は、シカゴ大学のナスバウム博士とスタンフォード大学のドウェック教授による研究『自己防衛対是正:自己の理論と自尊心維持の様式』を根拠としているものです。

本項では、最初に、表題である『自尊心を守ろうと現実逃避する人と自尊心を取り戻そうと現実直視する人の違い』の結論を示し、そのあとで実験の詳細について解説しています。重要なエッセンスは、「はじめに」をお読み頂くだけで、全て吸収して頂けると思います。実験の詳細については、ご興味ある方だけお読みください。

また、当サイトが初見の方は、いくつか見慣れない言葉が出てくるかもしれません。基礎的なことは、次のページで解説しているので、あわせてご確認頂ければと思います。

それでは、この研究でわかったこと4つの発見を見ていきましょう。

1. 自分より劣る人と比較して自尊心を守る人と、優れた人と比較して学ぶ人の違い

トーマス・A・ウィルズは、その著名な論文『社会心理学における下方比較の原理』で、「社会的比較理論」の枠組みにおいて「下方比較」「上方比較」の概念を提唱しました(※7)

それぞれの定義は次の通りです。

  • 社会比較:他者との比較から自己評価をしようとする心理学的行為
  • 下方比較:自分より劣る者と比較することによって自尊心を防衛しようとする心理学的行為
  • 上方比較:自分より優れる者との比較によって改善のヒントを得ようとする心理学的行為

ウィルズは、人は自我への脅威を感じた時、しばしば自分より劣る人と比べることで、主観的幸福を増大させようとすることを発見しました。つまり、「自分はマシな方だ」と思える比較対象を見つけることで、自尊心を守ろうとするのです。

一方で、自分より優れた人と比べることは、改善と成長のために、とても有益ですが、相手があまりにも高い壁の場合は自尊心をさらに傷つける可能性があることも報告されています(※20,21,22)

しかしながら、ここで重要なのは、自尊心を守るための下方比較は生産的な方法ではないということです。たとえ、自分より劣る者と比べて自尊心を守ったとしても、自分自身が向上するわけではありません。もし、また同じような状況になったら、同じ失敗を繰り返すか、そこから逃げるようになるでしょう。

一方で、上方比較は、たとえ、一時的には自尊心がさらに傷つけるとしても、その挫折や失敗を招いた自分自身の過ちを改善するためのヒントを与えてくれます。そして改善のために粘り強く取り組めば、結果的により大きな達成をすることができるので、長期的に見れば、自尊心にとって有用です。つまり上方比較は、自分自身を成長させる生産的な方法なのです。

それでは、下方比較をする人と、上方比較をする人は何が違うのでしょうか。この研究で分かったことは、固定的知能観の人は下方比較をする傾向にあり、暗黙の知能観の人は情報比較をする傾向にあるということです。

以下のグラフをご覧ください。

Figure1. 固定的知能観グループと暗黙の知能観グループが選んだ戦略の平均レベル

これは、固定的知能観グループと暗黙の知能観グループが、速読のテストを受けた後、成績が下から数えて37%の位置だと伝えられた被験者が、どのように社会比較をするかを観察した結果です。

縦軸が、社会比較の傾向で、数値が大きいほど上方比較を、数値が小さいほど下方比較を行ったことを示します。

結果、暗黙の知能観グループの社会比較の平均水準は5.41、固定的知能観グループのそれは3.30でした。これは統計的に非常に顕著な差です(t(27) = –3.25, p < .01, d = 1.2)。

この観察においては、それぞれのグループの被験者たちは、全部で8人の比較対象のうち、満足行くまで、好きな比較対象と社会比較することができるようになっていました。その中で、彼らが一番最初に比較した対象の社会比較水準には更に大きな差が見られました。

以下のグラフをご覧ください。

Figure2. 固定的知能観グループと暗黙の知能観グループが最初に閲覧した戦略の平均レベル

暗黙の知能観グループが最初に社会比較を行った対象の平均水準は7.11で、固定的知能観グループのそれは3.31でした。これも統計的に非常に顕著な差です(t(27) = –4.29, p < .001)。

これらの結果から、「能力は生まれつき決まっている」という信念を持つ固定的知能観の人は、失敗を経験すると、その失敗を活かして向上しようとするよりも、自分より劣る人と比べて安心することによって自尊心を守ろうとする傾向が強い、と言えます。

一方で、「能力は伸ばせる」という信念を持つ暗黙の知能観察の人は、失敗を経験すると、自分より優れた人と比較することによって改善点を学ぼうとする傾向が強い、と言えます。

2. 象徴的な防衛反応を見せる人と、生産的な是正反応をみせる人の違い

「象徴的相互作用論」という心理学の理論があります。これは、人はアイデンティティの脅威に直面すると、アイデンティティに関係するシンボルを探し出すことで、脅威にさらされた自尊心を保とうとするという理論です(※23)。

例えば、1人の医者が患者の診断で間違いを犯して、彼の医者としてのアイデンティティが脅かされたとします。その医者は、心理的な自己補償のために、医師免許や聴診器を首にかけるといった方法で、自尊心を象徴的に回復しようとしたとします。これが、「象徴的相互作用」です。

ここで重要なことは、このような象徴的な行動は、失敗の原因となったスキルの上達には一切役に立たないという点です。

この医者が、生産的であれば、医学書を読み込んだり、患者のファイルを再検討したりして、失敗の原因を解明して将来に活かそうとするでしょう。しかし、非生産的であれば、防衛的な象徴行動を取るのです。

それでは生産的な是正反応と、非生産的な防衛反応を見せる人の違いもまた、知能観なのでしょうか。それを検証するために、エンジニアリング専攻の学部生を対象に実験が行われました。なお、この実験への参加には単位が与えられ、成績評価も行われることが伝えられています。

被験者たちは、空間把握能力テストを受けます。彼らには、社会で活躍しているエンジニアは、みな空間把握能力が非常に優れている、と説明されています。つまり、このテストは、彼らの専門分野であるエンジニアリングに関わるものであり、そのために彼らのアイデンティティに関わる領域のものだということです。

このテストは4つのパートに別れています。そして、全ての被験者は3つのパートでは満点を取ったと告げられますが、最後の4つ目のパートでは5問中2問しか正解していないと告げられます。

その後、被験者には、4つのパートのうち1つのパートだけ補講を受ける機会が与えられます。同時に、補講の後、再テストがあり、その結果が、この単位の成績に反映されると説明されます。

固定的知能観の被験者であれば、成績証明書に載る成績という「象徴」を望むために、既にマスターしていて本来不要であるはずの、最初の3つのパートの補講を選ぶことでしょう。一方で、暗黙の知能観の被験者であれば、エンジニアとしての成功に重要な資質を身に着けるために、成績が悪かった4つ目のパートの補講を選ぶことでしょう。

結果はどうだったのでしょうか。以下のグラフをご覧ください。

Figure3. 固定的知能観と暗黙の知能観グループごとの失敗したパートのチュートリアルを選んだ割合

彼らが実際に選んだ補講は顕著に異なっていました。暗黙の知能観グループの91%が失敗したパートの補講を受けることを選んだのに対して、固定的知能観察でそうしたのは53%だけだったのです。これは統計的に顕著な違いです(χ2(1, N = 26) = 4.21, p < .05)。

つまり、固定的知能観の人は、自分の専門領域における将来の成功にとって非常に重要であり、自分が欠けている資質を学ぶ機会を与えられたにも関わらず、成績という「象徴」を装って、自尊心を満足させようとする傾向があるということです。

一方で、暗黙の知能観の人は、将来のエンジニアとしての成功に重要な資質を学ぶことを選びました。つまり「象徴」によって自分のアイデンティティを装おうとするのではなく、未来に活きる学びを選んだのです。つまり、アイデンティティの自己防衛という非生産的な選択ではなく、本質的で生産的な選択をしたということです。

ここでも、やはり、能力に対する信念(=知能観)が、人が非生産的な防衛反応をするか、生産的な是正反応をするかを分ける原因なのです。

3. 失敗を経験した時、防衛反応を見せる人と、是正反応を見せる人の自尊心は等しく低下する

上記の2つの結果は、失敗を経験した時、暗黙の知能観の人は生産的に、固定的知能観の人は自己防衛的に反応することを示しています。もしかしたら、これらの結果は、自尊心の耐性から来るのかもしれません。つまり、暗黙の知能観の人は傷つきにく自尊心を持ち、固定的知能観の人は傷つきやすい自尊心を持っている可能性がある、ということです。

もしそうであれば、是正反応と自己防衛反応の違いは、自尊心の低下度合いの違いから生じるものであり、暗黙の知能観の人も自尊心が傷ついた時は自己防衛反応を見せる可能性が考えられます。その場合、失敗に対する反応の違いを生む原因は、知能観ではないことになります。

そこで、両者とも失敗を経験している時には、実際に自尊心が低下しているのかどうかが観察されました。

早速、以下のグラフをご覧ください。

Figure4. それぞれのグループの実験前(Time1)、フィードバック後(Time2)の自尊心の状態と、社会比較もしくは気晴らしタスク後(Time3)の自尊心の状態。ポジティブフィードバックと社会比較、ネガティブフィードバックと社会比較、ネガティブフィードバックと社会比較なしグループ。

これは、実験の最初(Time1)、ネガティブフィードバックの後(Time2)、実験の最後(Time3)の、それぞれの時点での自尊心の推移です。

「ポジティブ」とは、ポジティブフィードバックを受けたグループのことです。このグループでは、速読テストの成績が91パーセンタイルに位置することを告げられています。「ネガティブ」とはネガティブフィードバックを受けたグループのことです。彼らは、速読テストの成績が37パーセンタイルであることを告げられています。

「社会比較なし」については、すぐ後で解説します。

まず、当たり前のことではあるのですが、自尊心が低下するのは、ネガティブフィードバックを受けた時、つまり挫折や失敗を経験している時であることが分かりました。ポジティブフィードバックを受けた時、つまりものごとがうまくいっている間は、自尊心は傷つきません。そのため、非生産的な自己防衛反応と、生産的な是正反応の違いが見られるのは、ネガティブフィードバックに対してである、と言えます。

次に、このグラフの作成において、統計学の反復測定分散分析という方法によって、知能観と自尊心の変化には関係がないことがわかりました。そのため、グラフでは知能観グループ毎に分けての表示はされていません。要するに、暗黙の知能観の人も固定的知能観の人も挫折を経験すると同様に自尊心が低下する、ということです。

このことから、自己防衛反応は自尊心の低下度合いの違いが原因ではないと言えます。つまり、固定的知能観の人は自尊心が低下すると自尊心を守ろうとして下方比較や象徴的自己防衛反応を見せ、暗黙の知能観の人は自尊心が低下すると自尊心を取り戻そうとして上方比較や生産的是正反応を見せる、ということです。そう、暗黙の知能観の人は自尊心が低下しても、非生産的な自己防衛反応には帰結しないのです。

要するに、失敗を経験して自尊心が低下した時に、自尊心を守るために自己防衛する人と、自己防衛せずに現実を受け止めて成長しようとする人の違いを生む原因は、やはり知能観であるということです。

4. 自尊心が低下するほど、暗黙グループの上方比較傾向と、固定グループの下方比較傾向が強まる

なお、厄介なことに、自己防衛的な下方比較でも、現状打開的な上方比較でも、双方とも、傷ついた自尊心を回復する効果があることも分かっています。いえ、むしろ下方比較の方が、傷ついた自尊心の回復にはより大きな効果があります。

先ほどのグラフの「社会比較なし」はネガティブフィードバックを受けて、その後、社会比較の機会を与えられていないグループのことです。彼らには、その代わりに気晴らしのタスクを行う機会が与えられています。

比較すると、社会比較を行ったグループと比べると、自尊心の回復度合いが顕著に低いことがわかります。これが厄介なのは、下方比較は、現実の世界に立ち向かうためには役に立たないにも関わらず、自尊心の回復には役立つということです。

そのために、固定的知能観の人は自尊心が傷つけば傷つくほど、自分よりもっともっと劣る者と比べることによって、安心しようとするのです。一方で、暗黙の知能観の人は、統計的に完全に言い切れるものではないとしても、自尊心が傷つけば傷つくほど、自分よりもっともっと優れる者と比べて奮起しようとするのです。

その度合いを統計的に表現したものが下図です。

Figure5. 暗黙の知能観と固定的知能観のネガティブフィードバックを受けた時の自尊心の低下と社会比較の関係と、社会比較と自尊心の回復の関係。*p<.10, **p<.05, ***p<.01

この図は単純傾斜分析という統計分析の結果を描いたものです。

これによると、固定的知能観グループは、自尊心が低下すると、下方比較を行うことが確認できました(β=0.49, t(24)=3.41, p=.002)。これは、固定的知能観の人は、自尊心が低下すればするほど、より下方比較によって自尊心を守ろうとするということを明らかにしています。

実際、固定的知能観のグループは、下方比較によって、自尊心を顕著に回復していることが分かります(β=–0.77, t(24)=–2.72, p=.01)。これは、自分よりも、より劣る者との比較であればあるほど、その下方比較によって回復する自尊心の度合いも大きいということを意味します。

暗黙の知能観グループは、統計的には部分的にですが、自尊心が低下すると上方社会比較を行う傾向が示唆されました(β=–0.33, t(24)=–1.82, p=.08)。これは、暗黙の知能観の人は、自尊心が低下すればするほど、より上方比較を行い、生産的に自尊心を取り戻そうとすることを示しています。

一方で、暗黙の知能観のグループでは、上方比較と自尊心の回復の関係は統計的には限定的でした(β=0.86, t(24)=1.81, p =.08)。しかし、これは、自分より優る者との比較であればあるほど、自尊心が回復する傾向があることを示しています。

なお、上方比較でも自尊心が回復するという結果は、別の研究グループのいくつかの発見と乖離しています。そのため、この点においては、さらなる深い研究が望まれます。

現時点ではいくつかの可能性が考えられます。例えば、上方比較を行っても、「自分もそうなれる」と信じる限りは、その比較によって自尊心が傷つけられることはないでしょう。しかし、例えば、あるスポーツを始めたばかりの人が、いきなり世界王者と対面すると、「自分もそうなれる」とイメージすることが難しいため、自尊心はさらに傷つくことでしょう。

そのため、上方比較においては、自分の現在のレベルより現実的に少し上の人と比べることが重要かもしれません。そうして地道に向上し続けることによって、段階的にレベルを上げることで、最終的には、当初は雲の上に見えていた人と比べても、「自分もそうなれる」という信念を失わずにすむことでしょう。

5. まとめ

本稿の結論は、失敗に直面して自尊心が傷つけられると、固定的知能観の人は、自尊心を守ろうとして防衛的、現実逃避的に反応し、一方で、暗黙の知能観の人は、生産的、現実直視的に反応する、ということです。

防衛的、現実逃避的な反応は生産的ではありません。彼らは、自分のちっぽけな自尊心を守ることを優先するために、自分より劣る者と自分を比較することによって安心し、目を向けるべき反省点や改善点に目を向けようとしないのです。そのため成長することはなく、同じ過ちを繰り返すようになります。もしくは、失敗したのと同じような状況の可能性が現れると、逃げ出すようになります。

現実直視的な是正反応は生産的です。失敗や挫折の原因に目を向けて、改善する努力をすることができます。彼らは、自分より優れた者と比較することによって、自らの反省点や改善点を見つけ、現状を打開します。

個人的な話で恐縮ですが、私が現実を直視できるようになったのは30歳を過ぎてからのことです。

10代20代と現実に対して自己防衛的だった私は、当然、同じように自己防衛的な人たちと出会い起業しました。幸運なことに数年して、事業はうまくいくようになったのですが、金を掴んだ途端、それぞれがもともと抱えていた自我が芽を出し始めます。

経営陣が、皆、自己防衛的なものですから、お互いの粗探しを始め、けなし合うようになります。結果、私は争いに負けて、事業基盤を全て失ってやり直すことになりました。

当初は、その現実を直視できず、全て相手方が非道なのだと考えていました。それも一つの真実ですが、より真実に近いのは、双方がある意味で非道であったということです。少なくとも、私は、横柄で威圧的で偉そうであり、事業にあたって、同じ役員や部下である従業員の気持ちを考えたことがなかったのです。そう思えるようになってから、自分の人間性の欠点を発見できるようになりました。

そして、偉大と呼ばれている様々な経営者の本を読み、何人かに実際にお会いして、手本を見つけました。そのおかげで、多少は仕事の人間関係でも慕って頂けるようになり、現在とこれからの事業では、以前と同じような失敗は繰り返さないことでしょう。それに、人を信頼し、様々な人の力を借りられるようになったことで、以前よりもさらに大きなビジョンが見えるようになりました。

また思わぬ副次的な効果として、家庭内での自分自身の至らない振る舞いも、時間はかかりますが、一つずつ自分で直せるようになっていきました。それができなければ、将来にわたって愛する妻を不幸にしていたかもしれません。

とりとめのない話になってしまいましたが、現実を直視して改善するというのはこういうことです。そして、そのためには、現実から自らの非を突きつけられた時に、「自分は悪くない」と自己防衛するのではなく、「なぜそうなったのか」の原因を突き止めようとする姿勢が必要です。

それでは、現実を突きつけられた時に、自己防衛してしまう人と、自己是正できる人は、根本的に何が違うのか。その答えが知能観(能力に対する信念)です。

実のところ、人間の能力が、可変なのか不変なのかに関して、科学的な答えは出ていません。おそらく可変の部分と不変の部分があることでしょう。しかし、ここで重要なのは、「能力は可変である」という信念が、あらゆる状況においてポジティブな反応を生み、「能力は不変である」という信念がネガティブな反応を生むという事実が存在するということです。

そして、一度、能力は可変であると信じて、自己改善に粘り強く取り組むと、それまで自分自身が限界だと思っていた枠をはるかに超えて、色々な能力が成長していきます。そうした自らの成長を目の当たりにすると、たとえ、人間の能力の上限が科学的にある程度決まっていたとしても、その上限は自分たちが思っているより遥かに上にある、ということがわかります。

本稿が、そうしたことの一つのきっかけとなれば、非常に嬉しく思います。

なお、以下では、研究の詳細について解説しています。ご興味がある方は、引き続きご覧頂ければと思います。

実験1

それでは、知能観と社会比較の性向には何らかの法則があるのでしょうか。

実験1では、被験者の知能観を操作して、暗黙の知能観寄りか固定的知能観寄りにします。そして非常に困難なタスクに取り組んでもらい、それに対するネガティブ・フィードバックを行った後で、両グループの被験者に、上方比較か下方比較の選択肢を与えます。下方比較は、成長に役立つ情報ではありませんが、自分自身の成績が悪いという現実から目を背けることで自尊心を守ることができるものです。上方比較は、潜在的には自尊心にとって脅威ですが、成長することが可能なものです。

手順

この実験には、イーストコースト大学の29名(女性14名、男子15名)がリクルートされました。彼らは30分の速読学習を行います。

実験の最初のパートでは、被験者に、サイコロジー・トゥデイのようなスタイルの科学記事を、自分のペースで読んでもらいます。記事は、暗黙の知能観を支持するものと、固定的知能観を支持するものの2つのうちどちらか1つがランダムに割り当てられます。簡潔に言えば、前者は「最新の研究では、知能は大きく向上させらられることが分かっている」、後者は「最新の研究では知能は幼い頃に決まることが分かっている」という内容です。

これらの記事を読んだ後、理解度を確認するために8つのマークシート式の質問に答えてもらいます。

これ以降、両グループの被験者たちは全く同じように扱われます。

次に、非常に困難に作られた速読テストを行います。被験者には、速読は知的な能力全般にとって非常に重要なスキルであると説明されています。被験者たちは、フロイトの『夢と夢解釈』の長い文章が渡され、それを読むために4分間与えられます。この文章は難解に書かれているため理解が非常に難しく、4分ではとても理解できないようなものです。

この後、この文章の理解度を確認するために8つのマークシート方式のテストが出されます。どの被験者も自分の解答に自信を持つことができないようにするために、解答の選択肢は曖昧に作られています。

この後、少しの間を置いて、コンピューター上に表向きの得点が表示されます。全ての被験者に対して、彼らの速読の成績は、大学の中で、37パーセンタイル(下から数えて37%)に位置するという結果を表示するように設定されています。

37パーセンタイルという位置は、被験者の自尊心にとって十分に脅威となるぐらい低いものであり、上方比較、下方比較のどちらも可能な位置でもあります。

なお、比較を行う前に、両グループの被験者が同じ経験をしていることを確認するために、速読は有益で重要なスキルと思うかどうか、どれぐらいよくできたと思うか、より良い速読者になりたいとどのぐらい思うか、などの質問が7ポイントリッカートスケールで聞かれています。

この後、被験者たちに、社会比較の機会が与えられます。具体的には、過去に速読テストを受けた人たちのID番号と、テストの成績(パーセンタイル)が8名分提示されます。8名の成績は14パーセンタイルから98パーセンタイルと様々で、ID番号をクリックすると、それぞれの人たちの速読戦略を3つずつ見ることができます。

成績が低い人たちの速読戦略はあまり役に立たないものです。例えば、「文章を可能な限り早くざっと読むと同時に内容を可能な限り理解しようとする」というようなものです。成績が高い人たちの速読戦略はより役立つものです。例えば、「文章の最初と最後に意味ある情報がある場合が多いので、そこを注意深く読み、残りはざっと読む」というようなものです。

被験者たちは、次の実験に進む準備ができたと感じるまで、これらの戦略を好きなだけ見ることができます。同時に、まだ速読学習の再テストがあるかどうかは教えられていません。ただし、実験のタイムスケジュール的に、もう一度速読テストがあってもおかしくないと考えられるようになっています。そして、戦略を見終わった後、被験者たちは、実験はこれで終了だと伝えられます。

結果

まず、両グループとも、記事の理解度の確認テストや、7ポイントリッカートスケールで計測した速読テストの出来の自己評価や有用性、重要性等のスコアに統計的に顕著な差はありませんでした(Table1)。

Table1. 暗黙の知能観グループと固定的知能観グループの、記事の理解度と各種7ポイントリッカートスケールのスコア。

このことから、以降で見られる、両グループの違いは速読に対する考えの違いから来るものではないと言えます。

次に、暗黙の知能観グループと固定的知能観グループの上方下方比較の傾向を見てみましょう。この分析においては、8つの戦略の内、もっとも点数が低い人のものを1、もっとも点数が高い人の戦略を8として計算しています。

なお、暗黙の知能観グループは全24個の戦略のうち平均10.00個を、固定的知能観グループは平均8.76個を見ていました。しかし、これは統計的に顕著な差と言えるものではありません(p=.16)。

両グループの被験者が閲覧した戦略の平均レベルが以下です。

Figure1. 固定的知能観グループと暗黙の知能観グループが選んだ戦略の平均レベル

結果、暗黙の知能観グループは平均5.41レベルの戦略を、固定的知能観グループは平均3.30レベルの戦略を見ていました。これは統計的に非常に顕著な差です(t(27) = –3.25, p < .01, d = 1.2)。

さらに、両グループの被験者たちが最初に閲覧した戦略のレベルにも非常に大きな差が見られました。暗黙の知能観グループが最初に閲覧した戦略レベルは平均7.11で、固定的知能観グループのそれは3.31でした。これは統計的に非常に顕著な差です(t(27) = –4.29, p < .001)。

Figure2. 固定的知能観グループと暗黙の知能観グループが最初に閲覧した戦略の平均レベル

特筆すべきことに、暗黙の知能観グループは最初に高いレベルの戦略を確認する傾向が、固定的知能観グループよりも、圧倒的に顕著なのです。

さらに、全ての被験者が、自分の成績を37パーセンタイル(下から37%)と信じ込まされているため、この結果は、暗黙の知能観グループは上方比較を行い、固定的知能観グループは下方比較を行うことを示唆していると言えます。つまり、固定的知能観グループは、自分を、自分より劣る者たちと比べ、暗黙の知能観グループは、自分を、自分より優る者たちと比べるということです。

まとめると、暗黙の知能観グループの中で下方比較を行ったのは全体の13%で、固定的知能観グループの42%を大きく下回っています(t(24) = 2.99, p < .01)。さらに、最初に閲覧した戦略に限ると、暗黙の知能観グループで下方比較を行った者は一人もおらず、固定的知能観グループでは45.5%が下方比較を行いました。

結論

固定的知能観の被験者たちは、自分を、自分より劣る者と比べる下方比較を行う傾向が顕著でした。自己防衛に関する研究のほとんどが指摘するように、固定的知能観の被験者はネガティブ・フィードバックに対して、自尊心を守るために自己防衛的な行動を見せました。

一方で、暗黙の知能観グループの被験者は、ほとんど下方比較を見せず、代わりに、自分より成績が良い人の戦略を調べることで、自分にとって成長の機会を得られる行動を見せました。

しかしながら、速読のようなタスクに対する失敗に対して、自己防衛的に反応したとしても、それは学習においてさほど致命的ではありません。真に致命的なのは、その人にとって成功のために不可欠な領域における自己防衛行動です。

そこで実験2では、その人にとって不可欠な領域における挫折に対する反応を研究しています。

実験2

この理論的枠組みを参考に、実験2では、被験者の知能観を操作した後で、彼らが自身にとって重要な領域のタスクにおけるネガティブ・フィードバックに対して、その失敗をスキルの矯正の機会として役立てるか、象徴的な方法による自尊心の回復に自己防衛的に逃げ込むかを見ていきます。

手順

この実験には、ウエストコースト大学の26名(女子13名、男子13名)のエンジニアリング専攻学部生がリクルートされています。全ての被験者が、エンジニアリング専攻を考えており、最低限2つ以上の必須科目の単位を取っています(平均7.8科目)。

実験に際して、被験者には、この研究はエンジニアと非エンジニアの空間把握能力を比較するものだと説明されています。さらに、被験者には「私はエンジニアです」というチェックボックスにチェックを入れてもらうことで、彼らはエンジニアとしてアイデンティティを再度、強く認識しています。

エンジニアとしての空間把握能力テストを受ける前に、被験者たちにはリーディングのエクササイズが与えられます。それらは表向きには、非エンジニアと空間把握能力以外の領域でも比較ポイントを作るためだと説明されています。

記事の内容は、実験1と同じ、暗黙の知能観と固定的知能観のどちらかを科学的に支持するものです。この後、両グループの被験者たちは、同様に扱われます。

エンジニアリングテストは、空間把握能力に関係する4つのパートをテストするものだと説明されています。そして、空間把握能力によって、その後のエンジニアとしての学業的成功が予測できると説明されています。さらに、4つのパートは全て重要なものであり、良いエンジニアは全てにおいて堪能であることを強調して伝えています。

なお、実際に受ける空間把握能力テストは歯科医師協会から拝借されたもので、本来は有望な歯学部の学生が受けるものです。このテストは、自分が正解しているかどうか推測するのは非常に困難なため、どのような点数を取っても最もらしく思えるという点で、この実験に適しています。

被験者は20分で、1パート5問を4パートで合計20問を解きます。時間が終わると、実験者がそれを回収し、全ての被験者にあらかじめ決まっていた点数をフィードバックします。具体的には、最初の3つのパートは5問中5問全て正解しており、4つ目のパートでは5問中2問しか正解していないと伝えます。

このフィードバックの後、被験者は4つのパートの1つだけで、チュートリアルを受けられると伝えられます。その後、チュートリアルを受けたパートに関する別のテストが与えられます。なお、被験者には、チュートリアル後のテストの成績が、成績証明書に載ると説明されています。

つまり、被験者は、すでにマスターしていて高得点を取れることが判明しているパートのチュートリアルを受けるか、成功するかどうかの保証はないが成長は保証されている失敗したパートのチュートリアルを受けるかを選ぶことができるということです。

被験者は、それぞれの4つのチュートリアル、または全体を1つとしたチュートリアルの計5つに関心があるかを9ポイントリッカートスケールで聞かれます。スコアが高いほど、ポジティブな反応であることを示唆します。そして、彼らは、チュートリアルを1つ行うかどうかを聞かれます。さらに、テストでどれぐらいよくできたと思うか、テストされている能力の重要性をどう考えるか、どれぐらい上達したいかを評価するように聞かれます。

これらの質問に答えた後で、実験は終了です。

結果

まず、両グループとも記事の理解度テストや、その他の心理的項目に違いはありませんでした(Table2)。

Table2. 暗黙の知能観グループと固定的知能観グループの、記事の理解度と各種7ポイントリッカートスケールのスコア。

このことから、以降で見られる、両グループの違いは速読に対する考えの違いから来るものではないと言えます。

なお、両グループともにSATの成績を含めたGPA(総合成績)に差はありません。しかし、固定的知能観グループはエンジニアリングの講義を暗黙の知能観グループよりも多く受講しています(平均9.7 vs. 5.3)。この点において、完全にイコールな配分に失敗してはいますが、これは固定的知能観グループに有利なものであり、測定の助けにはなっても妨げになるものではありません。

それでは結果を見てみましょう。まず、両グループの間で、既に好成績を取ったパートのチュートリアルに対する興味に関しては違いはありませんでした(all ps > .5)。

しかし、失敗したパートのチュートリアルに対しては、暗黙の知能観グループ(平均7.73)の方が、固定的知能観グループ(平均6.13)よりも顕著に興味を示しています(t(24) = –2.32, p < .05, d = 0.90)。

さらに、彼らが実際に選んだチュートリアルを見てみると違いは、より顕著です。暗黙の知能観グループの91%が失敗したパートのチュートリアルを受けることを選んだのに対して、固定的知能観察でそうしたのは53%だけでした(χ2(1, N = 26) = 4.21, p < .05)。

Figure3. 固定的知能観と暗黙の知能観グループごとの失敗したパートのチュートリアルを選んだ割合

結論

有益なチュートリアルを受ける機会があるにも関わらず、固定的知能観グループでは半分近い被験者が、未だに、防衛的な「象徴的」反応を選びました。彼らの分野で、成功を左右する重要なものであると伝えられた要素のうち、足りない部分を改善する代わりに、すでに好成績をあげているために成功を保証されているチュートリアルを選ぶことによって傷ついた自尊心を回復しようとしたのです。

このパターンは、暗黙の知能観グループにはほとんど見られません。彼らのうち90%以上が、自身の成長にとって必要なチュートリアルを選びました。

実験3

実験3は、実験1に2つの項目を追加したものです。

1つ目は、被験者の反応が本当に自尊心と関連しているという仮説をテストするために、実験の間の被験者の自尊心の状態を観察しました。もし、理論が正しいなら、暗黙の知能観グループも固定的知能観グループも、ネガティブ・フィードバックの後は、自尊心の低下が見られるはずです。そして、自尊心の低下が大きければ大きいほど、自己防衛的に自尊心を守る傾向が強くなるはずです。

2つ目は、代替仮説を除外するために、2つの機会を追加しました。ポジティブ・フィードバックの機会と、社会比較の機会の代わりである不正解の選択肢の機会です。ポジティブ・フィードバックの機会は、被験者の異なる社会比較の性向は、本当にネガティブ・フィードバックに対する反応なのか、フィードバックの性格に関わらず、同じように反応するのかをテストするためのものです。不正解の選択肢の機会は、社会比較は、単なる気晴らしではなく実際に自尊心を守るためのものなのか、単なる時間の経過によるものなのかを確認するためです。

手順

この実験には80名(女子38名、男子42名)のウエストコースト大学の学部生がリクルートされています。基本的な手順は実験1と同様ですが、実験中の自尊心の変化の測定と、フィードバックのバラエティが追加されています。

被験者の自尊心は、ヘザートンとポリヴィの自尊心スケールのパフォーマンス・サブスケールを使って、実験の最初(Time1)、速読のフィードバック後(Time2)、実験の最後(Time3)で計測しています(※24)。

自尊心スケールのパフォーマンス・サブスケールは、被験者の現在の自尊心を測定するもので、これは典型的な性格的な自尊心スケールよりも、より状況反応的なものです。そのため、実験中の自尊心の変化を観察するのに非常に適しています。具体的には、「私は他の人と同様に賢い」「私は物事を理解していると自負している」「私はうまくやれていないように感じる(スコアは反転して計算)」などの7つの文に対する同意の度合いを7ポイントスケールで計測するものです。

また、実験3ではフィードバックは、実験1と同じようにネガティブフィードバックを受けるグループ、ポジティブフィードバックを受けるグループ、ネガティブフィードバックを受けるが社会比較の機会の代わりに気晴らしのタスクを行うグループの3種類に分けています。

ネガティブフィードバックでは、速読テストの成績が37パーセンタイルだったと伝えられ、ポジティブフィードバックでは91パーセンタイルだったと伝えられます。

社会比較の機会は微調整を加えています。被験者たちの戦略確認の機会を均等にするため、戦略を5つ確認した時点で、コンピューターが自動的に次のステップに移るようになっています。加えて、実験1では社会比較の対象は8つでしたが、下方比較のオプションを1つ追加して、合計9つとなっています。

気晴らしタスクの被験者は、戦略を見る機会はありません。代わりに、スクリーンにランダムに文字が表示され、ターゲットとなる文字が表示されたら、出来るだけ早くクリックするという集中力が必要なタスクに取り組みます。このタスクは、おおよそ社会比較グループの戦略確認と同じぐらいの時間を要するようにデザインされています。

結果

まず、固定的知能観グループも、暗黙の知能観グループも、記事の理解度は非常によくできていました(5点満点中4.77 vs. 4.88)。このことから、知能観の誘導は成功していると言えます。

それでは、結果を見ていきましょう(Table3)。

Table3. グループごとの自尊心と社会比較のレベル(ps<.05)

まず、ネガティブフィードバック後の社会比較に関しては、実験1と同様の結果になりました。暗黙の知能観グループは、固定的知能観グループよりも顕著に、よりレベルの高い戦略を閲覧しています(6.63 vs. 3.06, p<.001)。また、暗黙の知能観グループでは社会比較レベルのスコアが3以下だったのは5%だけで、固定的知能観グループでは、それは49%でした(p<.001)。加えて、暗黙の知能観ではスコアが3以下の自分より劣る戦略を閲覧したのは20%だけですが、固定的知能観では、それは69%でした(p<.01)。

このことから、暗黙の知能観の人はネガティブフィードバックの後、上方比較を行い、固定的知能観の人はネガティブフィードバックの後、下方比較を行う、とあらためて結論づけることができます。

次に、暗黙の知能観グループと固定的知能観グループの社会比較の性向の違いが、フィードバックの性質の違いから来るものなのかを、統計的に確認するために2元配置分散分析を行いました。

結果、ポジティブフィードバックの時の社会比較の性向は両グループに違いはありませんが(5.34 vs. 5.11)、ネガティブフィードバックの時の社会比較の性向の違いは統計的に顕著である(6.63 vs. 3.06)ということがわかりました(p=.001)。

つまり、暗黙の知能観グループと、固定的知能観グループが異なる社会比較を行うのは、ネガティブフィードバックを受けた時だということが言えます。具体的には、自尊心への脅威を感じた時に、前者は、自分自身が成長するという本質的かつ生産的な方法でそれを取り戻そうとするのに対し、後者は、自分より劣るものと比較することで自己防衛的かつ非生産的な方法で自尊心を守ろうとする、ということです。

それでは、自尊心の変化は、社会比較の選択にどのように影響するのか、そして社会比較は傷ついた自尊心の回復に有効なのかどうかを確認してみましょう。

まず、 3(ポジティブ vs. ネガティブ vs. 社会比較なし) × 3(Time1 vs. Time2 vs. Time3) × 2(暗黙 vs 固定)の反復測定分散分析で、知能観は関係なく、社会比較と自尊心の変化のみ関連があることが統計的に確認できました(ts<1, ps>.40)。

そこで社会比較と自尊心の関係をグラフ化したものが以下です。

Figure4. それぞれのグループの実験前(Time1)、フィードバック後(Time2)の自尊心の状態と、社会比較もしくは気晴らしタスク後(Time3)の自尊心の状態。ポジティブフィードバックと社会比較、ネガティブフィードバックと社会比較、ネガティブフィードバックと社会比較なしグループ。

まず、実験前(Time1)では、全てのグループに自尊心の違いは見られませんでした。それが、フィードバックを受けた後(Time2)では、ネガティブフィードバックを受けた2つのグループでは、知能観の違いに関係なく、自尊心が顕著に低下しています。そして、社会比較の後(Time3)では、社会比較を行ったグループは、それが上方比較であろうが下方比較であろうが、単なる気晴らしタスクを行ったグループと比べて、自尊心が顕著に回復しています(p=.04)。

つまり、ネガティブフィードバックを受けた後に、社会比較を行うと、自尊心が回復するということです。

次に、知能観の違いによるネガティブフィードバックに対する自尊心の反応を詳細に分析するためにネガティブフィードバックグループにフォーカスしました。その結果が下図です。

Figure5. 暗黙の知能観と固定的知能観のネガティブフィードバックを受けた時の自尊心の低下と社会比較の関係と、社会比較と自尊心の回復の関係。*p<.10, **p<.05, ***p<.01

これは暗黙の知能観のダミーコードを0、固定的知能観のダミーコードを0として、知能観が、自尊心が低下した際の社会比較性向の決定要因であるとして、最小2乗回帰分析をおこなったものです。

結果、ネガティブフィードバックに対する自尊心の低下に関しては、知能観による部分的な影響違いは統計的に認められませんでしたが、その後の、社会比較の性向に関しては非常に顕著な知能観の影響が認められました(β=–0.72, t(24)=–6.38, p=.001)。

個別の単純傾斜分析では、固定的知能観グループは、自尊心が低下すると、下方比較を行う顕著な因果関係が確認できました(β=0.49, t(24)=3.41, p=.002)。これは、固定的知能観の人は、自尊心が低下すればするほど、より下方比較によって自尊心を守ろうとするということを示しています。

暗黙の知能観グループは、統計的には部分的にですが、自尊心が低下すると上方社会比較を行う傾向が確認できました(β=–0.33, t(24)=–1.82, p=.08)。これは、暗黙の知能観の人は、自尊心が低下すればするほど、より上方比較を行い、生産的に自尊心を取り戻そうとすることを示しています。

そして、上方比較であれ下方比較であれ、社会比較が、自尊心の回復に有効かどうかを確認するために、再度、最小2乗回帰分析を行いました。結果、統計的には部分的ではあるにしても、社会比較は自尊心の回復に有効であることがわかりました(β=0.86, t(24)=1.81, p=.08)。さらに、知能観と自尊心の回復には関連がないことがわかりました(β=0.01, t(24)=0.04)。

個別の単純傾斜分析では、固定的知能観のグループは、下方比較によって、自尊心を顕著に回復していることが分かります(β=–0.77, t(24)=–2.72, p=.01)。これは、自分よりも、より劣る者との比較であればあるほど、その下方比較によって回復する自尊心の度合いも大きいということを意味します。一方で、暗黙の知能観のグループでは、上方比較と自尊心の回復の関係は統計的には限定的でした(β=0.86, t(24)=1.81, p =.08)。しかし、これは、自分より優る者との比較であればあるほど、自尊心が回復する傾向があることを示しています。

結論

実験1と2では、ネガティブフィードバックを受けると、固定的知能観の人は自己防衛的に反応する傾向があること、暗黙の知能観の人はネガティブな成績の原因を直接的に改善しようとする傾向があることを示しています。

続く実験3では、ネガティブフィードバックによる自尊心の危機に対して、上方比較であれ下方比較であれ、社会比較は自尊心の回復に効果的であることを示しています。

ネガティブフィードバックを受けた固定的知能観の被験者は、それによって自尊心が低下すればするほど、より劣る者との下方比較を行おうとします。つまり、彼らは、自分自身を、自分よりも劣る者と比較するという自己防衛的な方法で、自尊心を回復しようとするのです。実際、これは固定的知能観の人にとっては、自尊心の回復という点においては、効果的な方法です。なお、下方比較を行う機会がなかった被験者は、自尊心の回復は見られていません。

一方で、ネガティブフィードバックを受けた暗黙の知能観の被験者は、それによって自尊心が低下すればするほど、より優る者との上方比較を行おうとします。そして、それによって自尊心が回復するのです。そして、上方比較の機会がなかったグループは、自尊心の回復は比較的少ないものでした。これは、暗黙の知能観の人は、自尊心が傷つけられると、学ぶことによって、それを克服しようとする傾向があることを示しています。

参考文献・脚注

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • 初めまして
    この記事は引用されていた論文を参考にMoriyamaさん一人で書かれたのでしょうか。

    恐らく、ご自身の本業ではない分野の英語の論文を読んで、ここまできれいに整理されているのを見て、良い意味ですごい人おられると思いコメントさせて頂いています。

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